創価ダメだしブログ

創価・顕正、その他異流義破折と日蓮大聖人の仏法を正しく伝えるブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

創価仏事の非常識②【葬儀編】

創価仏事のインチキ非常識の初回は「葬儀」について。青年僧侶改革同盟(以下所化小僧と呼ぶ)は書籍になかで「釈尊は、入滅にあたって“僧侶は私の葬儀にかかわるな。それより修行に専念しなさい”と遺言し、釈尊の葬儀は在家の信徒のみによって執り行われました。日蓮大聖人の時代も、大聖人が信徒の葬儀に参列した例はありません。」と言っているが所化小僧共が引用したであろう中村元教授の『仏陀最後の旅』によるとこの話の前段に、【弟子の阿難  が釈尊に対して「諸仏の御遺体に対して、私達はどのようにしたらよいのでしょうか」と質問をしたところ、釈尊は「お前たちは諸仏の遺骨の供養に関わる必要はない」と説かれ次に阿難が遺体の取り扱いについて重ねて問うと、釈尊は遺体を火葬にすること、そして仏塔·宝塔を造り供養すべきこと」を説かれた】という内容が書いてある。つまり釈尊が禁止したのは葬儀ではなく遺骨の供養である。また「葬儀」と訳されている部分は原文では「シャリーラプージャー」と書かれていて、この言葉の意味は「遺体処理の手続き」であって「葬儀」ではない。出来損ないの所化小僧どもの無知さ加減が分かるだろう。さらに修行に専念せよと命じたのは有学の阿難に対してで、実際に釈尊を荼毘に付したのは無学の摩訶迦葉達の高弟(僧侶)達である。また所化小僧共は「葬式というとなにか僧侶の専売特許のようになっていますが、それは徳川時代に「寺請制度」がしかれ、住職が檀家を支配する檀家制度の体制になってからのことです。」と説明している。確かに葬儀を僧侶が執行することが一般化されたのは庶民に仏教が浸透し寺院が増えた室町時代後半から江戸時代にかけてだが、『仏説浄飯王般涅槃経』の浄飯王の葬儀や『大般涅槃経』の釈尊の葬儀など既に釈迦在世に僧による葬儀は行われている。ただし在家信徒の葬儀に釈迦の教団は関与していないがそれは当時のインドがカースト社会だっからだ。日本においては平安時代には貴族階級の葬儀は仏教寺院で行い僧侶が念仏を唱えている。このように江戸時代よりずっと前から僧侶による葬儀は行われていたことは仏教を学ぶ者の常識だ。更には日蓮大聖人の葬送・火葬は本弟子6人が中心となって行われ、日興上人や日目上人の葬送も僧侶が中心となって執行されているし、日興上人が信徒の曽禰殿に宛てた書状には、「市王殿の御うは(乳母)他界御事申ばかり候はず、明日こそ人をもまいらせて御とぶらひ申し候らはめ」と、曽禰殿の母の逝去に際して弔いのために門弟を遣わすことが述べられている。日有上人も『化儀抄』で、「親類縁者一向に一人も無き他宗門の僧俗近所に於いて自然と死去の事有らば念比に訪ふべし、死去の後は謗法の執情有るべからざる故なり」と御指南されていて大聖人門下の葬儀は鎌倉時代から御僧侶が執行しているのである。勿論、上古の時代に全ての弟子檀那の葬儀を御僧侶が執行することはできなかっただろうが、だからといって信徒の葬儀で信徒が勝手に読経唱題した記録もないし、信徒の葬儀で赤の他人に読経唱題を依頼せよなどという御指南は皆無である。現代では【家族葬】や【直葬】の形態も普及してきたかもしれないが、赤の他人の一般人が読経をする創価葬は世間的には異常で、仏教的には非常識なのである。そもそも創価所化小僧共は自分たちで葬儀に僧侶は不要と言いながら創価員に依頼されれば袈裟衣のコスプレをしてノコノコと出向き葬儀を執行している。まさに自語相違の両舌売僧とは彼の如き者共をいうのである。「仏事の常識」などと知ったかぶって語る前にまず自分たちの無知と非常識を自己批判すべきである。

創価学会の退会方法(静かに創価を去るために) - 創価ダメだしブログ

 

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