創価ダメだしブログ

創価・顕正、その他異流義破折と日蓮大聖人の仏法を正しく伝えるブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

導師本尊について。

先月の母の葬儀は日蓮正宗で出しましたが初めての正宗の葬儀で一番印象に残っているのは導師本尊です。正宗の葬儀にあって創価の葬儀にないモノといえば御僧侶と導師本尊と引導です。この葬儀で掲げる導師本尊には自宅にご安置されている御本尊と違って、「閻魔法皇」と「五道冥官」の名が認められています。このことをもって創価は導師本尊を「大聖人・日興上人の時代にはなかった」「御書にも載っていない」「日蓮大聖人御真筆の御本尊にはその様な名が認められていない」などといって否定しています。そもそも他宗の本尊を否定すこと自体が既に非常識なことですが自分たちが持っていない導師本尊が羨ましくて仕方ないのでしょうが、「閻魔法皇」も「五道冥官」も大聖人の御書にその名が登場しています。

◆先世に三宝の御前にして此の戒を受けし時、天には日月・衆星・二十八宿・七星・九曜・五星、地には五つの地神・七鬼神・十二神・三十六禽、又梵天・帝釈・四大天王・五道の冥官等、此の五戒を受くる人を護らんと誓ひ給ひき。(戒法門)

◆もしさきにたゝせ給はゞ、梵天・帝釈・四大天王・閻魔大王等にも申させ給ふべし。(南条兵衛七郎殿御書)

つまり「閻魔法皇」も「五道冥官」も大聖人は認識していたのです。また大聖人の御真筆に導師本尊のような相貌はないといっても現存している大聖人御真筆の御本尊は全体の1/3程度ですから「絶対に無かった」と断言はできないのです。同様に「大聖人・日興上人の時代にはなかった」と断定もできません。仮にそうであったとしても御本尊に関する権能および化義については時代に応じて法主上人が決めているわけです。隠れてしまった化義もあるわけですから当然、新たに開陳される化義もあって当然です。すくなくとも日寛上人の御筆の導師本尊は実在しますから日寛上人以前の時代から導師本尊はあったわけです。さて創価は導師本尊否定の文証として日因上人の御指南を切文して使いますが創価の引用する日因上人の御指南とは、

◇臨終御本尊の事  凡そ御本尊と申すは朝夕拝見仕り候御本尊も臨終講の御本尊も同じ事にて候。但し臨終の砌には御仏前えも罷り出で候事は成り難き候故に別紙に御本尊を枕の下に掛け奉り朝夕拝見仕り候。御本尊を忘れず候様に用心を致すべきにて候。例せば御守りを懐中仕り候事、我が身を離さず所持せば御守護を得申すべく候ためなり。然れどもお守と常住安置の御本尊と格別にて之れなく候。(中略)又お経をよみあげ候事、常住の御本尊と臨終の御本尊を掛け奉り申し候時と前後苦しからざる事に覚え候、何れも同じ御功徳にて候。然れども臨終正念のために書写し之を授与し給ふ御本尊なれば臨終正念の御祈祷のときは正意に致さるべく候。(小川貞性宛・宝暦四年十月十七日状)

このような御指南で要約すれば常住本尊も導師本尊(導師本尊)も読経・唱題の功徳は等しいが導師本尊は臨終正念の為の本尊だから葬儀においては導師本尊を正意としなさい。という御指南です。道理で考えても導師本尊を否定することはあり得ません。導師本尊がニセ本尊であるなら、牧口・戸田・北條、池田の二男や破門前の学会員で正宗で葬儀を執り行った人たちは「導師本尊」というニセ本尊によって地獄に堕ちたことになりますう。ならば創価はそれに対してそれらの会員の遺族に謝罪すべきでしょう。また、自宅に安置している御本尊は修行のための御本尊です。葬儀での勤行唱題は修行の為に唱えてているわけではないのだから自宅の本尊と同じ本尊を使うというのはちょっと違う。それに自宅の御本尊を外に持ち出して無信仰の人々(つまり謗法の人達)にも見せるのも御本尊を不敬していることになります。そのような理屈の上からも葬儀において特別な導師本尊を掲げることは大聖人仏法の理に適っているのです。創価は自分たちが導師本尊を所有していないから正宗の導師本尊にイチャモンをつけてるだけで、裏を返せば導師本尊がないことが会員に対する引け目であり、会員を引き留めるための内部向けのプロバガンダであるわけですから導師本尊の正統性を逆に認めているということになります。さて、創価は葬儀の際の引導文にもイチャモンをつけますが、引導文に関しては日有上人の化義抄にも御指南がありますから日有上人の前の時代からすでに富士門流に存在していたわけです。このことから予想できるのは引導文と同時期にすでに導師本尊も存在していたのではないかということです。もちろんこれは単なる予想ですが、いずれにせよ葬儀の際には導師本尊を掲げる化義は大聖人仏法の本義に照らして正しい化義だということです。どちらにしても、創価の葬儀は本尊も導師も読経も全てインチキですから成仏することは叶いませんけどね。残した遺族がせめて塔婆供養でもしてくれたら救われるのですが遺族が創価ではそれすら叶わぬ夢です。

 

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