創価ダメだしブログ

創価・顕正、その他異流義破折と日蓮大聖人の仏法を正しく伝えるブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

日蓮正宗寺院参詣記②【多宝富士山・妙蓮寺(下条)】

毎日暑いです。もう夏休みに入った人もチラホラいるみたいですね。夏休みを利用して大石寺に参詣される読者の方もいるかと思いますので今日は先日の御登山の折に参詣してきた妙蓮寺を紹介したいと思います。妙蓮寺の詳しい歴史については別の機会があれば書きたいと思いますが、由来は南条時光殿が妻の妙蓮尼の一周忌に自分の屋敷を寺院にしたのが妙蓮寺で、開山は日興上人の本六の弟子の一人である寂日房日華(にっけ)師です。『富士五山』『興門八本山』のなかで唯一の日蓮正宗の寺院でもあり、讃岐・日向と並んで『日蓮正宗三本山』と言われる本山格の寺院でもあります。

塔中が並ぶ参道を歩いていくと奥に本堂などがありますが、駐車場からだと参道は通りませんので参道に出るには戻って来る感じになります。

『山門』(表門)です。

『本堂』です。今回は中には入っていません。

『開山堂』(日華堂)です。

『鐘楼』

『御水屋』

『客殿』ですね。誰もいませんでしたが勝手に入って中でお題目三唱してきました。次回行くときは少し長めに唱題しようかな。あとは写真を撮り忘れましたが妙蓮尼の墓所もあります。御供養もしたかったのですが、受付場所がよく分からず(一応看板は出ていたのですが)御供養はできませんでした。(ごめんなさい)御開扉前でも後でも参詣するのに丁度いい広さです。大石寺から2kmくらいの距離で歩いていくのにはちょっと遠いけど車ならすぐにつきますので大石寺参詣の折に時間が許すようであれば、妙蓮寺にも立ち寄ってみてください。

表門と客殿は富士宮市の指定文化財にもなっているみたいですね。さすがは、歴史と伝統ある日蓮正宗寺院です。どこぞの新興宗教団体のケバケバしい無機質な建物とは格式が違いますね(笑)

 

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8月は『財務』狙いの創価幹部がウロウロ。要注意!

そろそろお盆休みも近くなってきた。所属寺院に塔婆も申し込みも済ませ墓参準備も整い後は自宅の仏壇をお盆仕様に荘厳するだけだ。さてお盆が近くなると創価は正宗への御供養へ対する誹謗をするのが定番である。わざわざ聖教の寸鉄に、『お盆の供養狙い日顕宗坊主がウロウロ。謗法への布施は堕地獄。追い払え』などと書くほどである。見てきたような嘘を書く聖教新聞らしいコラムである。御供養の催促に正宗の御僧侶がウロウロしている姿など見たことがない。むしろお盆時期にウロウロしているのは創価幹部達である。目的は年末の『財務』へ参加する広布部員(財務をする会員)を増やすことである。そしてこれまた御多分に漏れず強制ではないが目標がある。どんな目標かといえば例えば【ブロック+1】つまりひとつのブロック(創価組織内で最小単位のエリア)で昨年実績よりも広布部員を一人増やす。というような目標だ。当然、進捗状況を報告する義務もあるから最前線の三下幹部はブロック内をウロウロしなければならないくなる。さて、御供養については戸田会長は質問会で、

※金のないのに出す必要はないぞ。そんなことで金を出してもろうては、わしは困る。貧乏人からまで金をもらってやるわけにはいかん。(中略)供養というものは、そんな苦しければやらなきゃいい。楽しんでやるようでなければ供養になりません。だから、そんな苦しければ、ご供養なんかやめなさい! これはわしの命令だ! するな! しないでよろしい!(中略)心に少しの負担を感ずる者はご供養はしては相成りません。功徳にならないから。

と正しい御供養の精神を指導しているが、これが池田時代になると、創価の大幹部である故柏原ヤスは次のような有名な指導をしている。(赤字は柏原ヤスの指導)

※私たちの御供養の精神というのは、そうゆうのを言うのよ。このごろは、なまじっか、生活ががよくなったから、給料から、7月は、いくら削ろうか?貰うボーナスの内のいくらを出そうか?やっと貯めた貯金のいくら、おろそうか?まるで削りとられるみたいな、7月は追いはぎがくるゾーッ。

※なまじっか、あるから、ねー。そーでしょ、生活が豊かになるから、そうゆうふうに、返って、みみっちくなるのよ。

※昔から、ちっとも変わりません。ねッ。お金なんかいらないんだ。だれが、金なんか、貰うか!バカ馬鹿しい!!そーじゃないの! 世界広布には、お金がかかる!いるんです!だから、出せ!!!つーのッ! 出せッ!出せッ!!・・出せ!!!ねーッ。(略)私は、そー言います。出しなさい!ねーッ。だから、社長さんの奥さんに何言ってんだ!出せッ!!言ったんですよ。 ねーッ。あんた、いくらやってんんの!?あんたハッキリ言えないんだったら、私が言ってあげる。今度の広布基金は100万出しなさいよ!!皆の前で言っておくから。ねッ。婦人部長は、ちゃんと、100万、取りに行って!

自分で創価の財務を「追い剝ぎ」と認め、「100万出せ」と金額まで細かく学会員に指導くださっています。(笑)ええ、決して強制でもノルマでもありません。目標達成のために大幹部の柏原ヤス氏がこのように指導しているだけです。大幹部が会合でこのような指導をしても決して同調圧力なんてないのでしょう。この指導された社長さんも快く100万円を拠出したこでしょう。さて創価公式には創価学会の財務は、信仰上の自発的な御供養・寄付を募るお知らせと実施に至る行事といえます】と明記されている。創価幹部が会員宅に戸別訪問をしているのは、「財務のお知らせ」に回っているだけで、なだめたり賺したり脅したりして無理やり広布部員を増やそうとする行為ではないらしいです。今どき「お知らせに」会員宅を個別で訪問するなんて時代遅れと思うけど。法華講にも盆や彼岸前になると塔婆供養等のお知らせが来くるけど、封書か葉書で御僧侶や法華講幹部が「御供養しませんか?」なんて言いにわざわざ自宅までこないし。(笑)いまならメールやラインで「お知らせ」は出来るしね。なのになんでわざわざこの糞暑い中、財務(広布部員)を求めて創価幹部はウロウロするのかね?財務も財務の目標すらも強制でもなんでもないはずなのにね。(笑)その理由は、「財務に参加して会員さんに功徳を受けて欲しい」というのが一応の大義になってる。「財務をすれば福運がつく」「財務の功徳は一番大きい」なんて言って回っているからね。そこで、「どうして財務すると福運がつくのか?」「どこの誰から功徳をもらえるのか?」って質問して、もしも「日蓮大聖人」とか「御本尊」などという回答が返ってきたらそれは、大聖人仏法の化義化法に反する「ウソ」なので騙されないようにね。前から説明してるけど創価に送金したお金は大聖人の所に届きません。(当然、志も届きません)何故なら大聖人様とは一大秘法の戒壇大御本尊様のことだから、戒壇大御本尊様を捨てた創価員の金銭はおろかその志すら届くわけがないわけ。届かないどころが創価のような謗法からの布施を大聖人は受け取ってくれません。こんなことは当然の道理でしょ。また創価の主張する全ての本尊が等しく大聖人の当体というのが正しいのであれば、正宗の大御本尊はもとより身延や保田・西山などの全ての御本尊にも供養しなければならない理屈になるが創価はビタ一文それらの寺院にある大聖人の御真筆の御本尊に供養していない。(栃木の浄園寺にはしているのだろうか?)だから功徳なんて積めるわけないから当然功徳が出ることはない。そもそも在家信徒には供養を受ける資格はない。もっと言えば、僧侶も含め凡夫に供養は受ける資格はない。供養を受ける資格があるのは仏様だけなんだよ。これは仏教の常識。正宗の御僧侶は供養を受け取っているのではなく御本仏に取り次いでいるだけ。だから法華講には御供養の金額も参加人数も目標なんてないわけだ。「私は今日これだけ御供養しました」なんて報告する必要もない。(笑)もとより、創価財務は福運もつかなきゃ功徳もでないことを承知の上で創価学会仏という架空仏を信じて喜んで財務するなら結構なことである。壺やペンダントだって本人がそれでご利益が有ると思っているなら家族に反対されない程度に好きに購入してもいいと思う。だた訪問販売よろしく家庭訪問して「広布部員になると功徳が大きい」などと吹いて回るのは大聖人仏法詐欺というものである。「心に少しでも負担があれば御供養しない。」といのが戸田会長の指導であり大聖人への御供養の精神である。下記の太字記述は過去の創価学会の財務にまつわるトラブル報道の一部である。このようになる前に戸田会長の指導を噛みしめてもらいたと願っている。

▶昭和58年4月22日号の「週刊朝日」のグラビアには、東京都住宅局が管理する都営住宅から夜逃げした人々が置き去りにしていった仏壇7個のうち4個までが鶴丸付きの創価学会員のものであることが報じられている

▶母子無理心中事件。横浜市で昭和57年に起こった母親が娘を絞殺後、自らも首を吊って死亡した事件は夫が「財務」の重要性を理解しないため、「財務」ができないことを苦にしての悲劇だった。

▶夫放火による母子焼死事件。昭和64年、茨城県鹿嶋市で夫が自宅に放火。妻子が焼死したが事件の遠因は、有り金すべて「財務」に寄付する妻に抗しきれず、人生に絶望して放火したと供述している。

▶妻刺傷、焼身無理心中未遂事件。学会活動にのめり込むだけでなく、貯金をすべて「財務」に指し出す妻に腹を立てた夫が、妻を刺し殺し、自らも焼身自殺を図ろうとしたが、殺しきれず、死にきれなかった。

▶平成元年5月、千葉県船橋市のの熱心な創価学会員・00綾子さんと長男の00君が同じく創価学会員である夫の000に殺された。バラバラにされた死体が聖教新聞に包まれ、シキミとともに長野県の山中に捨てられていた。動機は生活苦であった。「財務」ゆえに貯金が全くなかったのである。

こうした創価のやり過ぎた財務に対し正宗は『破門通告書』のなかで、

毎年行なわれる財務では、多額の寄付を集めて、実際に本宗信徒の生活を苦しめ、窮地に追いやっている事例も少なくありません。

と指摘しています。なにはともあれ、『年末の財務狙い創価幹部がウロウロ。謗法への布施は堕地獄。追い払え』(笑)

 

 

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『化義抄』を学ぶ⑭(61~66条)

記事中の「赤文字」は『化義抄』から「青文字」は日亨上人の『註解』、「黒太字」は日達上人の『略解』からの引用文といたします。

 

【第61条】居住の僧も、遠国の僧も、何れも信力志は同じかるべき故に、無縁の慈悲たる仏の御代官を申しながら、遠国偏頗有るべからず、善悪に付て門徒中の事をば俗の一子を思うが如くかえりみん事然る可きなり。但し機類不同なるが故に、仏法の義理をひずみ、又は本寺の恨みを含まん族有りとも尚此くの如くひずむ族の科を不便に思わん事、仏聖人の御内証に相叶ふべきか、但し折伏も慈悲なるが故に、人の失をも免ずべからず、能く能く教訓有るべき事なり、不思議に有り合ふ、世間の扶持をも、事の闕けん人を、本と為して少扶持をも成さん事尤も然るべし云云。

 

本山に居住している僧侶も末寺の僧侶も信心や仏様に仕える志は同じなので、自分と何の縁もない者にも慈悲を持たれる仏様の代理である僧侶たちは、親疎、遠近と偏頗の心を持ってならない。末弟や信徒において、その行為が善につけ悪につけ親が子供を見守るように寛大な気持で見守ることが大切である。人はそれぞれ根性がまちまちなので、ある者は本宗の教義を曲解したり本山を怨むような者などがいても、これらの人々の罪科を哀れに思う心が大聖人の慈悲の御心に叶う心です。しかし折伏は慈悲の行ですから、人の非行はそのまま許すのではなくよく教訓しなけれぱならない。又、裕福な寺院は困窮している寺院や僧侶に世間的な援助の目的で援助をしても良い。というのが本条項の趣意でこれは御僧侶の慈悲の精神に対する御指南です。これを我々信徒に照らせば、自分と「近い人」「遠い人」という区別をすることなく慈悲の折伏をしていくということです。また講中においても「親しい・親しくない」とか「自分の支部の人・他の支部の人」というようなことで区別せず同じ法華講員としてリスペクトしていくように心掛けなければいけません。ネットの世界においては法華講員を名乗りながら本山や御僧侶、また他の法華講員に対し怨み憎むような発言をする人がたまにいますがそれは大聖人の門下としての道に外れる行為であり度が過ぎれば謗法になります。そのような同門の人に出会ったときには慈悲をもって教訓していくことが大切です。同門以外も創価員や顕正員は大聖人仏法の教義を曲解したり己義を立てたり、或いは感情的になり大石寺法主上人に対する憎悪・怨嫉の心が強盛ですが、彼等のような者に対しても放置するのでなく破折し教訓して折伏していくが大聖人の御心に叶う信心だということです。私達のような在家の凡夫信徒はどうしても好き嫌いの感情が沸き誰に対しても同じように慈悲心を持つのはなかなか難しいですが、折伏行は慈悲行ですから誰に対しても大聖人の仏法を語っていくことによって本条項の精神・御指南を護る事に通じていきます。

 

【第62条】諸国の末寺へ本寺より下向の僧の事、本寺の上人の状を所持せざる者、縦い彼の寺の住僧なれども許容せられざるなり、況や風渡来たらん僧に於てをや、又末寺の坊主の状なからん者、在家出家共に本寺に於て許容なきなり云云。

 

御僧侶が全国末寺へ本山の命で赴任したり用事で出向く場合は、本山の法主上人の任命状(添書)を持参しなければ受け入れてはいけない。又その末寺の在籍の御僧侶であっても本山へ在勤している間は法主上人の証明書がなければ寺へ帰って来ても承認してはいけません。逆に末寺の証明書を持たない者が本山に来ても御僧侶であれ信徒であれそのような者を本山は受け入れていけない。というのが本条項の趣意です。その理由は僧俗ともに信仰の不確かな者を受け入れては寺院の中の信仰が乱れ濁ってしまうからです。日亨上人は本条について、

◇末寺より登山する在家も出家も・其寺の住持の添状を以つて・証明するにあらざれば・本寺には之を礼遇し給はぬ事、古今一轍の化儀にして・形式簡略の今日も猶之を厳守すといへども、或は間々之を知らずして忽緒に附し・甚しきに至りては自己は証明の添翰を須つて始めて本山に知らるゝ如き者にあらず等とて添状なしに登山するものありと聞く、宜しく意して敬虔の信念を起すべきものなり。(註解第36条)

と御指南されていています。現在でも登山の際に添書が必要なのはこの条項に則してのことです。例えば池田大作のように本山の誰もが知っている人物であっても「顔パス」はできません。むしろ誰にでも知られている人物であれば尚更当宗の化義を厳格に守り信仰に乱れを犯さないように心掛けるべきです。さて平成3年に宗門は登山方式を本条項に則し添書登山に変更しました。それまでの創価員の登山は創価組織を通して申し込みをしていたので、途中の幹部の承諾がなければ登山することができませんでした。宗創問題の最中において創価幹部が学会員に対して登山を許可することはなく登山を希望しても願いが叶わない学会員の為に宗門は個々の信者に対し所属する末寺へ参詣し添書を受けて登山するという本来の方式に戻したわけです。添書登山方式に戻した当時、創価では「学会員の登山が禁止された」「大御本尊を人質に学会員の脱会を狙った謀略」などいうデマを流して、一般会員が登山することを妨害し宗門から離れるように仕向けましましたが、「学会員の登山を禁止」し破和合僧を画策したのは他でもない池田創価の方なのです。今でも創価民の中には、「登山をさせないようにしたのは宗門ではないか」と間違った認識をしている人がいますが、いま書いたように「登山止め」したのは池田創価の方であるという事実に目を向けてください。いずれにしても現役創価民さんには是非素晴らしい威容を整える大石寺に登山して見て欲しいと心から願っています。

 

【第63条】諸国の末寺より登山せずんば、袈裟をかけ又有職を名乗り日文字などを名乗る可らず、本寺の上人の免許に依って之れ有るべし、坊号又此くの如し云云。

 

本山(法主上人)の許可なく袈裟をかけたり阿闍梨号や日号を名乗る事を禁止しているのが本条項です。坊号(教師)になることもこれに準じます。

◇但し此は有師に始まりたるにあらず・宗祖開山已来の慣例として不文の化儀法度なりしを・茲に改めて有師の仰せられしを、日住が成文となしたるまでなり、他の文も亦之に準じて知るべし。(註解第27条)

日亨上人の御指南にもあるように本条項は大聖人・日興上人以来の不文律の掟です。この条項を無視し違背することは宗開二祖に違背する大謗法なのです。この大謗法を犯しているのが正信会の僧侶であり、正宗から脱落した創価離脱僧侶達です。本来であれば彼等は日蓮正宗から離脱した時点で袈裟を返却することが日興門流における掟であり、僧侶としての最低限の常識なのです。その僧侶としての最低限の常識すら持たない人間が、弟子をとったり袈裟をかけたりある時には法話をしたりしているのです。そのように彼等は少なくても日蓮大聖人の仏弟子ではありません。大聖人の名前を騙る似非坊主が正信会や創価坊主なのです。

 

【第64条】法華宗は天台の六即の位に配当すれば名字即、始終中の中には名字の初心聞法の分に当たる故に、寺は坊号まで、官は有職までなり、仏教の最初なる故なり云云。

 

本条項は現在では用いていない条項です。現今では世間法に従い寺院は主として寺号や山号を用い御僧侶もいくつかの階級に分かれています。これは「他宗他派に対抗のため」と日達上人が言われています。また、いまでも『下之坊』など上古の名残りが残る坊号の正宗寺院もあります。

 

【第65条】他宗他門より納る所の絵像、木像等を他宗に所望すれども出さず、又は代を以ってかうとも売るべからず、一乗より三乗に出で又一乗に帰る姿なるが故に無沙汰にすべからず云云。

 

昔は本宗に入信した時は従来拝んでいた絵像、木像などの謗法物は寺院に収めましたので寺院には垂迹堂といって謗法物を納める堂がありました。謗法物も戒壇大御本尊(一乗)からの垂迹ですから垂迹堂に納めることにより謗法物は再び一乗に帰入され成仏します。入信に前に謗法物を拝んできた罪障も戒壇大御本尊に帰入することで消滅するわけです。その垂迹堂に納めた謗法物を、後になって美術品や骨とう品として価値があるとか、他宗の人が欲しがったり高価で買うといっても、それらをそこから取り出すことはできません。そのような事をすれば再び謗法の像となるからです。さてメリカリなので創価本尊が売られていますがこれから創価を退会する人も創価本尊を売るのは止めた方がいいでしょう。何故なら謗法の創価本尊を他人に拝ませることになるからです。やはり創価本尊は焼却するか正宗に移籍するのであれば寺院に渡すのがいいと思います。最もいていけないのは、創価に返却したり持ち帰らせたりすることです。創価は回収した創価本尊を別に入会者に再販するので創価と関係のないところで処分してください。ただし、創価の書籍やグッツ・記念品などは売却しても差し支えありません。それらの物は信仰の対象物ではありませんから謗法者の手を離れれば単なるモノに過ぎませんので。同じ理由で法華講員が創価の書籍等を購入するのも問題ありません。私も創価破折の史料として創価書籍を購入しています。

 

【第66条】六人上主の門徒の事、上首帰伏の時は、元より六門徒なるが故に門徒を改めず同心すべし、さて門徒の先達未だ帰伏せざれば衆僧檀那に於ては門徒を改むべし等云云。

 

門徒とは六老僧の系脈並び信徒のこと、先達とは、信仰上の先輩のこと、あるいは長老に通ず。宗祖滅後、六老僧それぞれの弟子及び信徒は、その門徒を作っておりますが、わが日興上人の富士門徒の正義に、他の五門徒の首領が帰入するならば、元来が宗祖の御弟子の六老僧の系脈のことですから、その門徒の名のままで合同してよろしいが、それらの門徒の首領が、いまだ帰伏しないその門徒の僧や、信徒が、当宗へ帰入する時は、先の門徒名を捨てて、富士門徒の名に改めなければなりません。(略解)

当条項は、例えば「中山門徒」が管長・貫主を含む一宗の僧俗が全員で日蓮正宗に帰伏した時には、それらの僧俗は「中山門徒」と名乗ってもいいけど、そうではなく個人的に「中山門徒」から日蓮正宗に帰伏した時は「中山門徒」の名前を捨てて帰伏正宗寺院の門徒を名乗らなくてはならないという意味です。ただしこれはもともと大聖人の弟子だった五老僧門流の門徒の場合に限ります。創価や顕正が一宗あげて正宗に帰伏しても、「創価門徒」「顕正会門徒」とは名乗れません。もっとも、創価や顕正に関しては解散する以外に日蓮正宗に戻れることはありませんのでそんな心配は不要ですが(笑)

 

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聖教新聞だけじゃないよ創価の「ノルマ」は。

創価がよせばいいのに週刊誌に厳重抗議をしたと聖教で発表してネット界隈で話題になっている。抗議の内容とは以下の通り(太字は聖教新聞より転載)

【「週刊SPA!」(8月2日号)が虚偽の事実ををもとにした悪質な学会中傷記事を掲載したたことに対し、学会本部は27日、発行元の扶桑社に厳重抗議を行った。同記事は、あたかも、聖教新聞売店献金ノルマがあり、その結果、2012年以降に自己破産した販売店主がいるかの如く報道した。しかし、販売店献金ノルマなどなく、11年以降、販売店主が自己破産したという事実もない。記事は、昨今の世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る問題にこと寄せて、虚偽の事実を前提に学会のイメージダウンを企図した悪質極まりないものだった。学会は、同誌次号で、記事の誤りを認め、謝罪の旨を掲載するよう求めて厳重抗議した。 (2022年7月28日付聖教新聞)】

この聖教に掲載された抗議文に対して私のような元創価勢から、「販売店にはノルマはなくても会員にはノルマはある」「ノルマ達成のために複数部の聖教新聞を購入している」等々、真面目かつ真剣に創価活動をした経験があれば誰でも知っている聖教新聞ノルマの日常をアナウンスしている。これに対する創価罵活動家諸氏は、「我が地域では複数部を購入している会員はいない」「ノルマではなくあくまでも目標で強制ではない」などと創価の実態を知らない世間の人々を欺こうとして必死に反論しているが、実際に「ノルマ達成の為に一人で複数の聖教新聞を購入する」ことは創価の常識だし強制ではないにしろ複数部購入をしなければならない状況を創価が作っているのは否定しがたい。『一人1部のマイ聖教運動』なんてまさに「聖教新聞を家族の人数分取れよ。」という運動(創価的には戦い)だろう。なお、聖教新聞の売上の約30%は非課税で本体である創価学会献金される。また2011年以降販売店主が自己破産したことはないというのは本当だがそれ以前には販売店主が自己破産している事実もある。私の創価男子部時代の後輩の実弟が現役の販売店主だがその生活ぶりは貧困とは言わないが創価本部職員と比較すれば実に慎ましい生活しかできていない。『生かさず殺さず』ここが創価の狡猾な戦略でもある。しかし創価の「目標という名のノルマ」は聖教新聞だけではない。他の元創価の人達が言っているように、創価書籍や民音のチケットなどは最初から地区ごとに割り当てられていて返品不可。一般常識では書籍やチケットは事前に購入希望者を募りその分だけ販売するのが当たり前なのだが創価の場合は最初から押し付けで誰かが興味のないコンサートのチケットや読みたくない書籍の代金を支払っている。これらはまんま「ノルマ」である。それだけじゃなくて創価の墓苑も一家で何カ所も購入している会員も存在する。そして何より創価の一番の「ノルマ」といえば正宗のレプリカ本尊掛け軸である。正宗では本尊下付の御供養の金額は設定されていない。例え100円であってもその人の信心が純真であれば御本尊を下付いただける。しかし創価のレプリカ本尊には「定価」がある。数年前に販売した「特別御形木本尊」とやらは定価1万円。通常のレプリカは3000円である。破門後に功徳は変わらないといいながら日顕上人の御本尊と定価3000円のレプリカと交換して回ったのは創価のフトコロが潤うからである。要するにアレも献金ノルマだったのだろう。因みに創価レプリカ本尊掛け軸は外国で印刷されていて原価は100~200円程度だそうだ。(まぁ見ればわかるが)そんな創価だから本尊は自分で購入したものだから返却しなくていいと思っている。実際に創価献金の為に取り換えられてた日顕上人御筆の御本尊はただの一体も日蓮正宗に返却されていない。日蓮正宗では御本尊に定価が無い代わりに信仰をやめたり破門された場合は御本尊は寺院に返却する決まりになっている。定価のある創価レプリカ本尊は物品販売なのだからか宗教法人法に則り課税すべき売り上げだと思う。もっとも「定価」をつけずに「時価」にしたらそれこそ財務同様に同調圧力をかけ物凄い高値で取引されてしまう懸念もあるから多少高くても値札がついていたほうが会員にとっては好都合なのかもしれない。そして当然創価収入の本丸の「財務」もまた目標という名の「ノルマ」なのだが財務については別記事で言及したいと思う。そんな創価の集金システムは統一教会と共通するという意見に対して、「統一教会のように高額なモノを売りつけていない。聖教新聞を5部10年間購読しても120万で壺一つ分にもならない」と反論していた創価罵活動家がいたが、問題なのは金額の多寡ではなく非常識な集金システムなのである。前述したが、一般常識では、同じ新聞を多部数購読することはない。読まない本や興味のないコンサートのチケットを買ったりしない。墓はひとつあれば十分で何カ所も墓を買ったりしない。それが常識である。その常識を無視して買主に売りつける売主は世間一般的には、「悪徳業者」と呼ばれるが、宗教法人の場合は「カルト教団」と呼ばれるのだ。つまり「創価学会カルト教団である」と世間が見做すのも当然の感情であり健全な思考なのである。そんな「カルト教団」が公明党と言う政党を持ち政権与党にいることに世間は危機感を持つのは普通の感覚なのである。宗教団体が政党を支援するのは憲法に違反していないことなど創価民の講釈など聞かなくても大抵のオトナは知っている。憲法云々の問題でなく、非常識を正当化する創価学会という教団とその構成員達そのものを世間は問題視しているのである。創価が世間様から正常な教団と思って欲しいならまずは聖教複数部購入等の非常識な集金システムを改め、迷惑な選挙運動を止めて宗教団体本来の信仰者としての活動をしていくことが重要だろう。それにはまずは創価民が常識的な言動を心がけていくべきであるが、罵詈活創価民は創価MC によって洗脳されているから、今日もまた明日もまた「目標」という名の「ノルマ」に奔走し世間に不快感と不信感を撒き散らかすのだろう。

 

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創価教学じゃない御書講義(2022年8月座談会御書・妙密上人御消息)

日本国の中に但一人南無妙法蓮華経と唱えたり、これは須弥山の始の一塵大海の始の一露なり、二人三人十人百人一国二国六十六箇国已に島二にも及びぬらん、今は謗ぜし人人も唱へ給うらん、又上一人より下万民に至るまで法華経の神力品の如く一同に南無妙法蓮華経と唱へ給ふ事もやあらんずらん

 

今月の座談会御書は『妙密上人御消息』です。本抄の最後の部分に【此等を以て思ふに、便宜ごとの青鳧五連の御志は、日本国の法華経の題目を弘めさせ給ふ人に当れり。国中の諸人、一人二人乃至千万億の人題目を唱うるならば、存外に功徳身にあつまらせ給うべし】と書かれているのですが、広布部員(財務部員)を啓蒙するこの8月にはまさしく創価が悪用するのにうってつけの御書です。流石に座談会ではこのような財務関連のあからさまな御文は取り上げないようですが(笑)さて今回の御文は大聖人の仏法が広宣流布する旨が書かれている御文です。法華経の神力品の如く】というのは『神力品』の説かれる10神力のうちの『空中唱声(くうちゅうしょうしょう)』『咸皆帰命(げんかいきみょう)』の事で、末法において法華経=御本尊が流布することを意味します。今回の御文と同意の御文は『撰時抄』や『如説修行抄』にも書かれています。これらの御文は大聖人の広宣流布の大確信と拝するのは間違いではありませんが、『諸法実相抄』には、

日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし

との御妙判があります。広宣流布は大地を的にするよなものですから、大聖人の確信という会通から一歩踏み込んで大聖人の予証であると捉えるとよりいいと思います。つまり「広宣流布ができないということはあり得ない」「折伏は必ずできる」という事です。さて、今回の御文は創価教学的は、「一人立つ」「先駆の戦い」という言葉を使い「大聖人と同じようにただ一人世界広布の道を切り開いてきたのは池田先生と創価学会である」という方向にリードして(この時に宗門は何もしてこなかったと言うとなお効果的)最後は弟子として自分達も池田先生に続く「後継の戦い」をしていこうと決意する感じですかね。でもね、それは創価インチキ教学です。まず大前提として創価のやっている事は広宣流布ではないからです。66世日達上人は、

◇大聖人の建立あそばされた戒壇の御本尊を中心として、三大秘法の中心の御本尊として、我々は、この一大秘法の御本尊を拝み、宗旨の三秘として、三大秘法を説くのであります。そこに我宗の宗旨というものがある。それが、たまたま違ったことが入るならば、それは、日蓮正宗でもない。もし、日蓮正宗の御本尊を拝するならば、日蓮正宗の教義に従って、信心していかなければならないのであります。 日蓮正宗の教義でないものが、一閻浮提に広がっていっても、それは、広宣流布とは言えないのであります。皆様の時に、もし、日蓮正宗の教義でなし、大聖人の教義でないものが、世界に広がったからといって、決して、我々は喜ぶべきでないし、大聖人が、御喜びになるとは思いません。(昭和49年6月18日)

◇人々の無理解のため、或いは悪意の中傷に紛動されて、もっともたよるべき信徒が、寺院を非難中傷し、圧迫するようなことがあれば、僧侶はまことに悲しい思いをいたして、否応なく反論しなくてはならないのであります。大聖人以来、七百年間守りつづけてきた伝統と教義の根本はあくまで守り伝えなくてはならないのであります。これをふまえなかったならば、仮にこれからいくら勢力が増しても、広宣流布は見せかけのものであったかとの後世の批判を免れることはできない(昭和52年11月7日)

と御指南されていいます。戒壇大御本尊を捨て、大聖人から直接広宣流布を御遺命を受けた日興上人以来の歴代法主上人の血脈を否定した池田創価に大聖人の仏法を広宣流布する資格などありません。広宣流布は大聖人の色心二法である戒壇大御本尊を相続した日興上人の嫡流日蓮正宗の僧俗以外にできないし、する資格がないのです。また創価学会が出現しなければ広宣流布できなかった説をいう池田と創価民は傲慢に極みです。何故なら大聖人は『報恩抄』の中で、

日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし

と御宣言されているように、広宣流布は大聖人の大慈大悲によってなさられものです。末法の凡夫の浅智慧でできるものではありません。言い替えると広宣流布とは「仏力」「法力」のよって成し得るです。もちろん、人によってのみ法は広まりますが、その人が法を広めるのは「仏力」「法力」に依るのです。そしてその「仏力」「法力」の本体は戒壇大御本尊であり、大聖人の大慈大悲の仏力を連綿と受け継ぐのが唯受一人血脈相承の御歴代上人なのです。ですから「池田センセが広めた。創価学会が広めた。」などという「自力で広宣流布してきた」などという考えは増上慢のセリフなのです。その証拠に創価学会員が爆発的に増えたのは池田創価日蓮正宗の信徒だった時代です。破門後、また2014年に戒壇大御本尊捨てて以降、創価教団は会員が増えていますか?宗門が悪だとしたら破門以降に会員数が飛躍的に増加していなければおかしいですよね。ところが現実的には創価は衰退の一途を歩んでいる。そんなことは我々に指摘されなくても創価民さん達が一番肌で感じ分かっている事でしょう。逆に正宗は創価破門後の法華講組織が壊滅的な状況から折伏・弘教をして回復・発展をしてる。大石寺の堂宇を見ただけでもそれが分る。創価がいくらネガティブキャンペーンをしようともその事実は変わらない。いくら創価民に「信力」「行力」があっても、創価自体には「仏力」「法力」がないのだから功徳も成仏もない。それどころか日蓮大聖人(戒壇大御本尊)に反逆する謗法活動が学会活動なのです。ですから創価民さんが今やるべきことは、「たった一人になろうとも創価学会を退会する」こと。先ずは貴方自身が立ち上がり、大聖人仏法に立ち返る「最初の一人」となることです。その勇気があれば必ず貴方に続いて創価謗法団体を退会する人達が続くでしょう。貴方が創価を辞めて戒壇大御本尊の許へ戻る事こそ広宣流布の活動なのです。さぁ、全国の信心ある創価員のみなさん!今回の御文を胸に、この夏は「Let’s!創価退会!」の先駆の戦いを開始して参ろうではありませんか!以上!(退会相談はメールしてくださいね)

 

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創価の選挙は謗法を流布することです。

公明党の北側副代表が「旧統一教会はさまざまな事件が過去にあった。そういう反社会的な団体から支援を受ける、行事に参加することは慎重でなければならない。団体に利用されることにもなりかねない」と語ったらしい。公明党議員にしてはいいこと言うね。まぁ公明党東大阪市議である吉田聖子氏が統一教会のイベントに参加したのバレちゃったから同じ大阪選挙区選出でもある北川さんも何か言わないと創価民にシメシがつかないよね。その吉田氏は「統一教会のイベントであるという認識がなかった」と言い訳しているけど、「知らなかった」で通用するのは小学生まででしょう。しかるべき処分をしないと大阪の学会員に顔向けできないよ。なんてたって「常勝関西」なんだから大阪の創価民は。もっとも統一教会に限らず各地で謗法同座する公明党議員が続出してますな。今や日本会議ともズブズブの関係だし太田昭宏氏は狐のお面被ってお祭り楽しんでいるし斉藤鉄夫氏は自民党候補と神社で柏手打って必勝祈願(笑)私の知人の公明党市議も神社のお祭りに嬉々として毎年来賓として参加して一杯飲んで上機嫌にしてますわ。「選挙は広宣流布」なんて学会員を煽っておいて結果はこのザマですよ。正宗や法華講には謗法の人間と同じ場所にいただけで謗法同座などと誹謗するくせに自分達はただ同じ場所にいたわけじゃなく謗法と協調・協力しているのだから呆れる。「与同罪」というのは謗法を黙認していることをいうわけで、ましてや仲良く協力し合っているのだから「謗法同座・与同罪」というのはこういう公明党議員達のことをいうのだよ。支援者である創価民は、「選挙は広宣流布」と頑張っているのに当の公明党の議員はそんな創価民の期待を裏切って謗法しまくりだよ。本来なら統一教会などという邪教折伏するのが公明党議員としての務めでしょうに。ところがこんな公明党を援護する創価愚民も結構いて、彼等のロジックは、「宗派の相違を超えて国民の諸問題を解決する」のが公明党だそうです。いやいや、統一教会と一緒になって一体どんな国民の諸問題を解決したのか?具体的に教えて欲しいものですな。もっとも、北側副代表が過去に様々な事件を起こすような団体は反社会的な団体といってるように【言論出版妨害事件】【共産党宮本顕治宅盗聴事件】【大阪事件】【大量替え玉投票事件】【巨額脱税事件】【竹藪捨て金庫事件】などの創価学会という宗教教団がやってきた事件を数えれば創価学会統一教会と何も変わらない反社会的団体であることは明らかで、そんな団体丸抱えの公明党副代表がこのようなコメントするのは自虐ネタです。ヒロシです。(笑)結局は反社同士ウマ合うんでしょうね。共産党という共通の敵もいるし。まとめると創価のいう「選挙は広宣流布」というのは、「邪教と協力・協調」して法を弘めていくということになる。つまり創価の選挙は謗法を流布する活動ということ。これで選挙で功徳が出るなんていうのだから騙す方も騙される方もどうかしているとしか思えんな。公明党議員の現実の与同罪の振る舞いを見ていれば選挙活動なんかしたら罪業を積むだけだと分かりそうなものなのにね。創価民にとって「選挙は信心」なのかも知れないが、間違った信心してたら不幸になるだけ。ただせさえ創価の所属しているだけでそれこそ与同罪の罪を負っているのだから公明党なんて支援して罪を重ねない方がいいと思うよ。もうやめなさい。学会活動なんて。

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正木伸城Twitterに集まる創価活動家。

最近、正木伸城氏のTwitterをよく見ている。正木伸城氏は創価学会正木正明元理事長の子息で創価職員を退職し現在は専らライターの仕事をしているらしい。創価2世として様々な苦労をして現在はそうした呪縛を断ち切り幸福そうで何よりだ。そんな生い立ちの伸城氏だから当然創価時代の事を書いたりつぶやたりしている。創価二世の苦悩の過去だけなく一般会員の知らない創価の現状もつぶやいていて伸城氏のツイートから創価の実態を垣間見ることができる。例えば(太字は伸城氏のTwitterより転載)

※僕は創価学会職員を辞めた後に組織から学会活動禁止を命じられました。理由は「批判的な意見を言うから」(中略)相手はエビデンスを一つも示せませんでした。そこで再度活動禁止の理由を聞くと「とにかくダメ」との結論。役職も解任です。私が「原田会長の判断ですか?」と聞くとその幹部は「そうだ」と言うので、僕は「わかりました」と返事をしました(すると相手はやたら慌てていましたが)。37歳の時の事です。

と職員退職時に原田会長から学会活動禁止の命令が出たとのこと。創価組織を批判すると創価が判断したら活動禁止が原田会長より命令されるのですね。全国の創価民の中にも活動禁止や会館への出入り禁止を言い渡されている会員もいますがこれらは原田会長が最終的に決めているということが分かったし創価民は組織批判をしたら(あくまでも創価が一方的批判かどうか判断する)処分される組織であることも分かった。またすでにツイートは削除されていたが創価の現在のリアルな統監数を知っているという伸城氏が言うには創価の活動家は既に100万人を切っていて青年部は全国で結集をかけても1球場が埋まらない人数らしい。(ということは全国で5万人くらいしか青年部の活動家はいないってことになる)ウソか真は知らないけど体感的には伸城氏が挙げた創価活動家の数には信憑性を感じる。こんな感じでツイートしている伸城氏だがどうやら創価活動家にとっては氏が創価批判をしていると感じるらしい。「本当の事」を言うと批判になってしまうというのは創価がいかにウソばかり言っているかの裏返しなのだが、伸城氏への創価活動家のリプライが酷いのなんのって。そこでその一例を挙げておく(赤字は創価活動家からの伸城氏へのリプライ・Twitterより転載、黒文字は筆者の感想)

※今まで何を勉強してきた⁉️この程度の認識ではそりゃあ創価の本陣にいるのはさぞ辛かったでしょう😂😂やめてくれまわりもホッとしたかな無知な幹部はたとえ大幹部の息子だろうが会員にしたら大迷惑だ

(やめてくれて良かったなら別に何もいう事もないだろう)

※親も悪い❗️池田先生から正木親はすごく叱責された、と聞いてるしかもSNSで学会批判なんてとんでもない事してるのをこれ以上黙って見てるのは駄目❗️

(正木父が叱責されたという証拠なし)

※ねらった投稿はやめたほうがいいですよ。わざとらしい。

(狙われたと思ってるなら伸城氏の発言は事実じゃないのか?)

※嘘をつき続けるには無限大の能力を要する。なぜなら、嘘に嘘を重ねることによって生じる矛盾をその都度補正せねばならないからだ。(中略)醜い言い訳しか垂れることが出来ない負け犬に、そんな高度な能力があるとはとても思えない。この先面白そう😁

(何がどうウソなんだか説明は一切ない)

※何言ってんのかなこの人、??わかんね〜事を断定できてない事をまことしやかにいうなや(中略)こんなんだから退転するだな

(断定できないことをまこしやかに言うのは創価だろ?そんなんだから破門される)

※この人、除名になったんじゃないの??😆

(いつ除名になった?)

※だいたいあなたの親は今でも創価のトップ幹部なんだから文句あるならまず親に言え

(お前の組織のトップ幹部なんだからお前が親に文句言え)

※学会のナンバー2だった父親という、肩書き?で内部でも、庇う人が居るようです。理由は、今の学会を造ってきた、功労者の息子だから寛容にと全く理解が出来ません。😤福島など学会に弓を引いた、反逆者と何ら変わらない。‼️未だ脱会していなくても、先生を裏切る行為は、絶対許しません。😤

(池田を裏切る?どこが?)

※師匠を苦しめ学会にあれほど迷惑をかけた原島たかし彼も理事長の息子です。彼は毎晩飲み歩き出勤時もしばしば酒くさかったそう、勤行もやって無かった。いつの時代もそのようなヤツは必ず内部それも皆から尊敬されてる立場から出現する

原島氏の事を知っているのか?ネタ元はあの悪名高い聖教の自由座談会か?)

どうですか?これ以外にも伸城氏の事を「第一線で学会活動をしたことない」「御書もロクに読んでない」とか言いたい放題ですよ。確かにね。自分達の子供に色々と不自由・我慢させて、せっせと財務した金を父親がもらい受け、その金で何不自由なく育ってきたであろう上級幹部の息子が創価に否定的な言動するのは腹もたつでしょう。「誰のお陰で裕福に育ったと思ってんだ」という創価民もいました。なにせ御本仏に差し上げた御供養を返せというような人間達ばかりだからそのうち伸城氏に養育費返せと言いかねない(笑)でも実際の伸城氏の事を何も知らないのに勝手に決めつけて誹謗したり、親を持ち出してきたり。それは全く筋違いでしょうよ。そもそも親はまだ創価の幹部だよ。それをSNSで批判していることの方が伸城氏の発言より問題発言じゃね~の?さらには正木家と全く関係の無い、しかも故人である福島源次郎氏や原島崇氏まで持ち出して伸城氏に対し誹謗中傷を執拗に繰り返しているのだから恐ろしい人達だよ。世間の人は良く分からないだろうが、これが創価の常套手段。何度も何度も、しかも多勢でウソをいいデマを流し敵対者を貶める。これが創価池田大作の世界なんですよ。現実の池田創価の指導は、創価反逆者は「野垂れ死にするまで攻め責め抜け」(寸鉄)だからね。人権だの平和だの友好だのといつもは美辞麗句を口にしているが一皮むけば、これが創価活動家の本性なんだよね。私も組織を追放されたけど散々と創価の連中にデマを流されたよ。さすがに「活動をしてない」とか「御書を読んでいない」とかすぐバレるウソは言われなかったけど(笑)久々に会った顔見知りの学会員に、「生きていたんですか?」といわれた時には笑った。どうやら私は罰が当たって死んだことになっていたらしい(笑)こんな組織と会員だから伸城氏も創価がイヤになったんじゃないのかな?小さい時から池田伝説の与太話きかされてたのに本部職員になったら創価の実態が見えちゃって悩んじゃったのかもね。これは私も実感した事だが、池田大作の言う「誰も見捨てない励ましの世界、麗しい学会家族」なんていう創価学会は世界中探してもどこにもない。その素晴らしい創価の世界があるのは池田大作の言葉に騙されている学会員の妄想の中だけ。創価から離れられて伸城氏は本当に良かったと思うよ。伸城氏に好意的な創価員も人も多く見受けられるけど、そういう人は伸城氏に続いて創価組織から早く離れた方がいいと思うよ。もちろんそうもいかない事情もあるだろうけど、統一教会問題がクローズアップされているから退会するなら今がチャンスだね。さすがにこの時期に無理な退会阻止やイヤガラセはできないだろうから。このチャンスを逃さず今すぐ退会届を創価本部に送りましょう!それにしても創価などの新興宗教の二世・三世さん達は大変だ。そんな人達の為にも伸城氏には創価活動家に負けずに頑張って欲しいと思う。そしていつか再び日蓮大聖人の仏法に思いを馳せる日が来たならば今度は間違いない選択をして欲しいと思っているよ。

★過去記事はこちら▶創価学会の退会方法(静かに創価を去るために) - 創価ダメだしブログ

 

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