創価ダメだしブログ

創価学会やその他異流義破折と日蓮大聖人の仏法の解説、宗教・思想を考察するブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

日淳上人の御説法(日蓮大聖人の教義)を学ぶ①はじめに

宗門から破門された当初に池田大作の「南無妙法蓮華経は宇宙の法則」という指導を聞いた時に違和感を感じた。それでも池田先生がそう言っているのだから間違いないだろうと、しばらくは「妙法即宇宙の法則論」を使っていたが、やっぱりどうしても自分の中でシックリこない。自身の教学が深化するほど、池田の教学理論に対する違和感が大きくなっていって葛藤した。その時に出会ったのが、古参の創価学会員から借りた日淳上人の『日蓮大聖人の教義』という書籍だった。そこに書かれている日淳上人の御説法を読んだ時に、それまで自分の池田指導に対する違和感は間違っていなかったと確信しする一方で、池田の教学指導は丁寧に説明をしないと部員が誤解すると感じた。以来、部活等で御書などを講義する際には池田の教学の指導は、最小限にとどめ池田を否定しない程度の引用に努めた。

日淳上人は、大石寺57世・日正上人に師事し、大正11年に百貫坊の御住職に成れた後、京都・住本寺住職取り扱い、東京中野教会(後の昭倫寺)主管(信盛寺住職兼任)、東京・常泉寺住職になり、その常泉寺時代には、創価学会の初代・牧口常三郎、二代・戸田城聖の指導教師(手継の師匠)となった。戸田会長がちょいちょい思い違いをし、謗法を犯しながらも最後まで戒壇大御本尊と血脈相承に信を置けたのは、日淳上人の御指南・御説法の賜物といえよう。戸田会長にとって牧口会長はあくまでも世法上の師匠で、仏法上の師匠は日淳上人に他ならない。戸田自身もそのように語っている。

破門後の池田や創価学会は、戸田会長の過去の戒壇大御本尊や血脈相承に関する指導を「宗門の面目を立てていた」「宗門を守るための指導だった」などと言っているが、世間的なことならまだしも、法門法義に関して戸田会長は少々逸脱しても噓やお世辞をいうことはない。池田創価の発言は、戸田会長を侮辱した発言である。戸田城聖全集に収録されている当時の指導は、一部誤解を招くような表現がなきにしもあらずだが(それを誤解したのが自称弟子の池田大作だが)、大聖人の仏法、富士日興門流大石寺の教義に忠実であり、池田のような我見・邪義はあまり見当たらない。池田教学は我見・邪義の中に真実の法門を混入させる「摧尊入卑」の教学で、教学をあまり学んでいない創価学会員はそれに騙されてしまう。そんな池田教学をベースに、それを更に魔改造したのが現在の創価教学である。この創価教学の邪義・我見を数回にわたって、戸田会長の仏法上の師匠である日淳上人の『日蓮大聖人の教義』の御説法を通して一緒に学んでいきたいと思う。創価学会員もぜひ日淳上人の御指南を学んで欲しい。

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対話は質問力が重要【理論学・言語学】

『議論』というとフォーマルで堅苦しいイメージがありますが、私はそうではなく全ての対話は『議論』だと思っています。仕事関係から友人、夫婦や親子・兄弟の会話も、おねぇちゃんを口説くのも全て議論です。私はこの対話のスキルを高めて、相手(特におねえちゃん)を納得させて合意を得たり、敵対者から身を守る為に理論学や言語学を学んでいます。

対話(議論)のなかで私が注意しているのは【質問】です。質問で相手の理解力・知識量や知性・思想や性格などの情報を知ることができます。中国の諺にも、「彼を知り己を知れば百戦殆からず」とあるように、議論や交渉において相手を知ることによって話を有利に進めたり、相手と友好関係を築くことができます。なので、議論(対話)で一番重要なのは【質問力】だと思っています。質問力とは質問の内容と質問のタイミングのことです。

創価学会の教学試験の時には講師をしていましたが、他の講師はテキストの内容を一通り説明してから最後に「何か質問はありませんか?」と訊いていました。しかし私は講義の途中でちょいちょい「この部分はどう思う?」などと、誰かを指名して質問するようにしていました。なのでしばしば講義が脱線するのですが、これは相手の理解度を確認するのが目的でした。講義の最後に全員に向けて「何か質問ないですか」と訊いたところで質問してくる人はほぼいないんですね。このようなオープンクエスチョンだと漠然過ぎて答えようが無いんです。しかし特定の部分について特定の人間に質問するクローズドクエシッチョンにすれば、ほぼ答えが返ってきます。そもそも講義の場合、講義を聞いている人の理解・教学力を知りたいのは講師側なのだから、講師は質問を受ける側ではなく質問をする側にならないとダメなんですね。つまり聴衆に質問を求める講師は【正しくない議論】をしているという事になります。

友人に信仰や宗教の話をする時も同じです。いくら知識が有って説明が上手でも、一方的にただ話すだけでは得られるもの少ないです。色々な質問をして、相手の考えを理解し、それに合わせた話をしなければ納得と合意は得られません。なので目的をもった具体的な質問を対話の中に入れていくことが大切になります。

批判者と対峙し議論になった時も同じで、議論の勝敗を分けるのは【質問力】の差といっていいでしょう。私は日蓮正宗の信徒なので、創価学会員や顕正会員と対論をする機会がありますが、質問に回答する時よりも質問をする時の方が色々と考えます。どんなことを考えて質問しているかは企業秘密なので書きませんが、回答よりも質問に比重を置いています。ともあれ質問力は、対話や議論の力をつける上では大切なスキルです。そのスキルは仕事にも人間関係にも、おねえちゃんを口説くのにも役立ちますから、質問力を養って損する事はありません。対話の中に質問を挟んでいくことを意識して話すだけで相手(特におねえちゃん)の反応は全然違ってきますよ。

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創価学会員の為の御書要文講義㉗聖人御難事

仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給う。その中の大難申すばかりなし。先々に申すがごとし。余は二十七年なり。その間の大難は、各々かつしろしめせり。

当御文は今さら創価学会員に説明するまでもなく、日蓮大聖人の出世の本懐を示された御文です。大聖人が宗旨建立されてから27年目に当たる弘安2年10月12日に日蓮大聖人は出世の本懐として本門戒壇大御本尊を御図顕されという御文で、破門後も創価学会はこの御文を文証として本門戒壇大御本尊を大聖人の出世の本懐であると言っていました。破門後の平成5年にも池田大作は「大聖人の出世の本懐である一閻浮提総与の大御本尊が信心の根本であることは、これからも少しも変わらない」と指導していました。

ところが2014年に戒壇大御本尊を棄てると一転してそれまでの主張を翻し、「熱原の法難において、三大秘法の南無妙法蓮華経を受持して、不惜身命の実践で広宣流布する民衆が出現したことにより、世界の人々を救うための日蓮大聖人の仏法が現実のものとなった。このことにより、生涯をかけた根本目的、「出世の本懐」を達成されたのである。」と言い出しました。つまり、当該御文の『余は二十七年なり』とは具体的には『熱原の法難』で出世の本懐は『民衆仏法の確立』だと言い出したのです。この御文をどう読んだらそんな珍説が生まれてくるのか理解に苦しみます。

仏の出世の本懐とは衆生の機根に合わせて開示されるのではありませし、『民衆仏法の確立』というような抽象的なモノでもありません。衆生の機根に応じて説くのは応身仏であって自受用報身仏ではないでので、『民衆仏法の確立』が大聖人の本懐であるわけがありません。仏の出世の本懐は、釈尊は法華経、天台は摩訶止観、伝教は叡山の戒壇と、必ず随自意による発動であり具体的なモノなのです。大聖人だけ随他意で抽象・相対的な世法の出来事を出世の本懐とする道理がありません。

大聖人は『経王殿御返事』で、「日蓮がたましいをすみにそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給え。仏の御意は法華経なり、日蓮がたましいは南無妙法蓮華経にすぎたるはなし。」と言われています。この御文中の大聖人の魂の南無妙法蓮華経は御本尊のことであることは明白です。何よりも『阿仏房御書』では、「あまりに・ありがたく候へば宝塔をかきあらはし・まいらせ候ぞ、子にあらずんば・ゆづる事なかれ信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ、出世の本懐とはこれなり。」と明確に御本尊の事を出世の本懐と言っています。その上で、『余は二十七年なり』と言われているのですから、弘安二年の御本尊が出世の本懐ということになり、弘安二年の大聖人が御図顕した御本尊の中で出世の本懐と思われる御本尊は10月12日御建立の本門戒壇大御本尊以外に有りません。

創価は本門戒壇大御本尊を出世の本懐にしたくないばかりに、当御文の真意を歪曲し会員を騙そうとしているのです。そもそも戒壇大御本尊が出世の本懐でないのならば何故創価本尊は戒壇大御本尊のコピーを本尊としているのでしょうか。身延の本尊のコピーでもいいではいですか。

教義とは本尊の説明です。教義と本尊が一致しないのは、教義か本尊がインチキだからです。創価本尊が偽本尊でないなら創価教学はインチキ、創価教学が正しいなら創価本尊は偽本尊。どっちにしても創価はインチキ宗教なのです。

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『伸誓会』が始動。盛り上がってるのは聖教新聞だけ。

創価班・牙城会に代わる新しい人材グループの『伸誓会』の結成式が11~12月にかけて全国各地開催されようで、年明けから『伸誓会』もいよいよ本格的にスタートといことか。各方面の責任者(委員長)が顔写入りで聖教新聞に発表されていた。創価のスラップ訴訟を避けるために聖教新聞の画像を貼り付けられないのが残念だが、全員見事なまでの創価で逝ちゃった(成仏した)如是相で笑った。ただ昔と違って山本伸一カットをした人がいないことには大いに不満だ。『伸誓会』というのなら、髪型はやっぱり山本伸一カットじゃないとダメだろう。昔の創価班の幹部は揃いも揃って山本伸一カットだったぞ。仕事関係で会ったヤツも髪型を見れば、「コイツは創価の男子部なんだろうなぁ」ってすぐに見分けがついたくらいだ。委員長たるものが伝統の山本伸一カットでないとは実にケシカラン(笑)。

『伸誓会』の実践綱目も発表されていて、①「勝つと決めて祈る」②「師を求め抜き学ぶ」③「確信の言葉で語る」の3綱目だ。相変わらずと言えば身も蓋もないが、こんなの30年以上前から言っていたことを「何を今さら」と思うの同時に、このワンパターンのアホっぽさが、創価らしさを醸し出しているとも感じる。もっとも、私が男子部で活動していた頃と比べると、今の男子部は成長どころか衰退・退化しているから30年以上も昔の指導を繰り返すのも無理からぬ話だ。「勝つと決めて祈る」って何だよ?何と戦って何に勝つと決めるんだよ。美空ひばりの歌じゃないが、「勝つと思うな思えば負けよ」というのが実際の創価男子部の姿なんだけどな。

それにしてもこの綱目には全く日蓮大聖人のことが書かれていない。日蓮大聖人の仏法を信仰しているのであれば、少しくらい大聖人のテイストを入れなさいよ。「確信の言葉で語る」じゃなくて、「確信をもって折伏を実践する」とか、「師を求め抜き学ぶ」じゃなくて。「大聖人を求め抜き学ぶ」とかウソでもいいから言わないと体裁悪いだろ。これじゃ『伸誓会』は単に池田創価教の信者を育成する洗脳装置として結成されただけってバレバレじゃないか。こんな連中が、言うに事欠いて日蓮正宗の事を「日顕宗」と揶揄しているのだから笑わせるよな。どう見ても自分達こそ池田教・創価宗だろうが。この手合いはコテンパンに破折してやって逆縁成仏させてやる事がせめてもの慈悲だよな。

いずれにせよ、小グループの毛が生えた程度の『伸誓会』はすぐに自然消滅していくのではないだろか。なんでもリーダーとメンバーが「バディ制」を組むらしいけど、そのリーダーからして折伏も法論もできないヤツじゃ共倒れは目に見えている。でも私としては誹謗中傷・悪口罵詈ではなく、法華講と正々堂々と法論が出来るような男子部を育成して欲しいと思っている。そうなれば法論で負けた創価男子部が退会し正宗に移籍して法華講がますます強くなるので大歓迎である。まぁ無理な願いであるが、開幕前のドラゴンズファンの気分で多少は期待しようと思う。

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御書の中の仏法説話と故事⑫李広将軍

李広将軍と申せしつわものは、虎に母を食われて、虎に似たる石を射しかば、その矢、羽ぶくらまでせめぬ。後に石と見ては立つことなし。後には石虎将軍と申しき。(四条金吾殿御返事)

李広将軍は、石虎将軍と言った方が馴染みが深いかなと思います。創価学会の2世以降の人は子供頃に、「とらとしょうぐん」という絵本を読んだ記憶がある人は結構いるのと思います。李広将軍は中国・漢時代に、文帝・景帝・武帝に仕えた武将で、代々弓の名手の家系です。ある時、李広は狩猟にいき草の中に虎を見つけて矢を射ると、矢は見事に虎に矢じりは隠れ程深く刺さりました。しかし、近づいてよく見ると虎だと思っていたモノは虎によく似た岩だったのです。そこで再びその岩を射てみましたが、二度と矢が岩を刺さることはありませんでした。それから後に、彼は石虎将軍と呼ばれるようになります。

この話はやがて、「石に矢の立つためしあり」「一念岩をも通す」などの諺となり、さらに、「李広の父は幼少の時に亡くなっていた。李広は成長して大きくなると母に、なぜ自分に父親がいないのか尋ねると、母は父はおまえが小さい時、虎に食われた。と言って涙にくれた。李広はこれを聞いて「我、男と生まれた以上、父のあだを取らないわけにはいかない。必ず殺して復讐したいと心に誓った。」という説話になりました。(母が虎に殺されたというヴァージョンもあります。)

説明するまでもなく、何事も強く心に決めて誓えば、思いもがけない力が涌いて、不可能と思えることも実現できるということです。「ドラゴン桜」の東大入試合格みたいな話です。ただ、みんなが石虎将軍や大谷翔平みたいに強い意志を持ち続けることはなかなかできません。だから説話や故事になるわけですから。そこで信仰の必要性が出てくると思います。例えば日蓮正宗では朝晩2回、御本尊に向かって勤行をして唱題します。その時に、自分の目標とか願いを念じます。日々の暮らしの中で忘れ去られる自分の想いを毎日念じる事が出来るんですね。それが強い意志となっていくのです。信仰は弱い人間がすることだと思うのは間違いなんです。もちろん他力本願のような信仰は確かに人間を弱くしていきますが、正しい信仰を選べば信仰を持たない人よりもむしろ強く生きることができるのです。私が日蓮正宗の信仰をして、友人達に薦めている理由のひとつは日蓮正宗の信仰は自分を強くしていける信仰だからなのです。

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創価学会の活動体験談⑱創価のモンスターペアレント

創価学会活動の中で楽しかったのは少年部の本責時代です。女子部と絡めたから楽しかったわけじゃないですよ。むしろ女子部は取り扱いに困る場面の方が多かったです。色々と楽しい思い出がたくさんありますが、相手が小学生なので大人と違って素直で無垢なんですよ。真面目な子もヤンチャな子もいましたがみんな純真なんです。そして何よりいいのが、少年部の活動は選挙も新聞啓蒙も謀略活動もないんです。素直な子達と触れ合っているだけで何ともいえず心が癒されるんですね。広宣部なんかやってると心が荒むんですよ。(広宣部も楽しかったけど)だから少年少女部と触れ合っていると荒んだ心が洗われるのです。

しか~し、そこは創価学会、未来部担当者にも苦労があるのです。それは、子供たちの親御さん。特に婦人部の活動家の母親です。もちろん一部の母親なんですが、色々とクレームが来ます。一部列挙すると、支部の担当者が家庭訪問に来ない。本責さん(私の事です)は、○○さんの所には良く行くけどウチにはあまり来てくれない。部員会や家庭訪問で池田先生の話が少ない。池田先生から激励品をうちの子のくれない。等々のクレームが結構きます。中には、合唱団の送迎をしている支部の担当者が帰宅途中で子供たちにマックでハンバーグを食べさせたというのもありました。まぁ確かにそれは担当者が悪いので注意しましたが、彼も悪気があったわけではないのに、「あの人を合唱団スタッフから外して欲しい」と言われました。このように各支部に数人のモンスターペアレントがいました。学校の教師ならそれも仕事で給料がでるけど、創価の少年部の担当者なんて無給どころか、自腹でお菓子や子供達への激励品を買ったりしてるんです。自分の子供と一緒に居る時間を割いて学会っ子の所に行ってるんですね。それなのに意味不なクレームが入ると落ち込みます。

一番腹が立ったのは、私が組織から追放された時に数人の未来部の親の婦人部が、「ダメ出しさんは、いつも女子部と家庭訪問にきてオカシイと思ってうた」などと言っていたことを知った時です。その婦人部達は私が家庭訪問をしていた時は、「前の本責さんは全然来てくれなかったけど、ダメ出しさんはよく家庭訪問をしてくれて嬉しい」と言っていた連中ですよ。そもそも私から女子部に「一緒に家庭訪問をしよう」なんて誘ったことなど一度もありません。女子部の本責のNさんや、支部責の女子部から「一緒に部員さんを回ってください」と頼まれるから一緒に回っていただけです。少年少女部は男子部は男の子、女子部は女の子を担当するわけではありません。男女が分かれてないんですね。男子と女子の兄妹もいるし、担当者も男女一緒で家庭訪問することは効率もいいし当たり前だと思っていたのですが、まさかそんなことで陰口叩かれるとは思っていませんでした。そもそも女子部と未来部の部員さん回りしたら、メシを食いに帰宅する時間もなく男子部の会合に直行ですから一緒にお茶する時間もなかったんですけどね。大人が絡むと下世話な話になるって事なんですね。そんな感じで予想以上にストレスが溜まる役職でしたが、少年部の本責は創価学会活動の中では楽しかったです。

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もはや公明党はキャスティングボードを握っていない。

公明党が来春の統一地方選挙で、立憲・中道と締結していた選挙協力を解消した。もともと公明党にとっては、地方選挙で立憲と選挙協力するメリットは皆無だから当然だろう。立憲は公明党に骨の髄までしゃぶられて利用価値がなくなったからポイ捨てされたということだろう。そして今度はまた公明党の岡本三成や斉藤鉄夫が、自民党との復縁を仄めかしいる。自分達が中心になって最大野党の立憲を乗っ取り、中道改革連合を立ち上げて政権交代を画策したものの、総選挙で大敗し思惑が外れた途端に中道改革で当選したはずの旧公明の28人は早々と撤退し復党したが、このままでは党勢は衰えるだけで存在感がなくなっていく事を恐れ、今度はまた自民との連帯を言い出す。こうなると結局は中道改革の結党は、公明党が選挙に勝つ為だけの手段に過ぎなかったと言われても反論の余地はないだろう。

こうした公明党のあからさまな党利党略だけの動きに多くの有権者のみならず、身内の創価学会員からも批判の声が上がっている。またそうした公明批判の声にSNSで応戦している学会員が火に油を注いでいる状態だ。なんにせよ今後公明党が政界再編の軸になることはあり得ないし、自民との再連立も難しいだろう。今回の総選挙で自民は公明が離脱しても大勝し、公明と組んだ衆院立憲は100議席以上を失った。つまり公明票なんてものは選挙の当落にさほど影響力がないことがバレてしまったわけだ。公明が自民と組める唯一の道筋は、高市から林芳正などが総理総裁になり自民左派が主流派になった時だと思うが、そんなことになれば岩盤保守層のみならず浮動票すら逃げて自民党は石破時代の議席数に逆戻りだ。さすがに林芳正あたりを総理総裁にして公明と再連立しようという愚者は自民党内では少数ではないだろか。また最大野党の立憲の大惨事を目の当たりした他の野党も、もうどこも公明党の口車には乗らないだろう。衆参であと1回づつ国政選挙が行われれば公明との議席は共産党と変わらない程度になり弱小野党に転落するだろう。私は15年以上前から、「創価学会は立正佼成会、公明党は共産党程度の規模になる」と言っていたが、その予想通りになるのも案外早いかも知れない。

ともかく公明党はもうキャスティングボードを握っていないのだ。それなのに自分達が「軸になれる」「キャスティングボードを握っている」と思っているのなら、とんだ勘違いで虚勢なら哀れなものだ。有権者が政治家や政党に望むのはスキル以前に誠実であることだ。最近の一連の公明党の動きを見ていると、なりふりかまわず自分たちの利益をだけを求めて不誠実極まりないと思う。支持母体の創価やその会員達が不誠実な人間が多いから、全員が学会員の公明党議員もやっぱり、「謝罪しない」「撤回しない」「相手を利用する」という体質の人間なのだと思う。国会に蝶ネクタイ姿で登場する伊佐進一なんて国会や国民を馬鹿にしているとしか思えない。しかも文春記事で高市をあれだけ追求しながら、その件については結局バクれているのだから本当に政治家以前に人として欠陥があるとしか思えない。有権者の多くは公明と自民の再連立なんて望んでいないのだから、公明議員は国会の片隅で文春片手に政府批判のネタ探しでもしているのがお似合いである。

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