創価ダメだしブログ

創価・顕正、その他異流義破折と日蓮大聖人の仏法を正しく伝えるブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

教学全般

御観念文の意味と意義⑤(五座)

【五座御観念文】 某【○○家(父方)、○○家(母方)】先祖代々並びに当宗信仰の面々、内得信仰の面々、各々先祖代々の諸精霊、追善供養証大菩提の為に、南無妙法蓮華経。 乃至、法界平等利益自他倶安同帰寂光。 五座の御観念文は追善供養になります。過去帳が…

御観念文の意味と意義④(四座)

【四座御観念文】祈念し奉る一天四海本因妙広宣流布、大願成就御祈祷の御為に。 某過去遠々劫現在慢々の謗法罪障消滅、現当二世大願成就の為に。 「一天四海」とは古代の仏教の世界観で、東弗婆提(ほつばだい)・西瞿耶尼(くやに)・南閻浮提提(えんぶだい)・…

御観念文の意味と意義③(三座)

三座の御観念文は三師供養です。二座の本尊供養は総じては三宝供養ですが別していうと法宝供養です。三座では仏宝と僧宝への御観念ですから二座同様に大聖人・日興上人・日目上人と御歴代上人の最初に「南無」がつきます。日寛上人『当家三衣抄』に、 ◇南無…

御観念文の意味と意義②(二座)

二座の勤行は本尊供養です。総じて言えば自宅の御本尊、別して言えば本門戒壇大御本尊にに対する御報恩感謝をささげます。因みに御本尊は大聖人内証の寿量品を能詮とするので寿量品の長行を読むのです。長行を省く創価のインチキ勤行では全く意味がないので…

御観念文の意味と意義①(初座)

以前も書きましたが勤行の時に読む御観念文は大聖人仏法の法門法義が書かれている大切な御文です。この御観念文を朝晩に読むことによって信徒である我々は知らず知らずのうちに大聖人仏法の根本の法門法義を身に付けます。ですから御観念文をおざなりにする…

日蓮正宗の宗是

多くの企業に「社是」があるように各宗派にも「宗是」があります。「宗是」とは簡単に言うとその宗派における理念・方針です。日蓮正宗における宗是は、【受持正行】【謗法厳誡】【折伏正軌】の3点です。説明するまでもなく、【謗法厳誡】とは自行門であり…

導師本尊について。

先月の母の葬儀は日蓮正宗で出しましたが初めての正宗の葬儀で一番印象に残っているのは導師本尊です。正宗の葬儀にあって創価の葬儀にないモノといえば御僧侶と導師本尊と引導です。この葬儀で掲げる導師本尊には自宅にご安置されている御本尊と違って、「…

丑寅勤行について。(創価に丑寅勤行などありません!)

先月末に友人四人と札幌へ小旅行してきました。飛行機のフライト時間が朝早めの時間だったので深夜に起床して2時半から朝の勤行と1時間の唱題をしてから5時前に自宅をでたのですが、深夜2時半といえば総本山で猊下が丑寅勤行を奉修している時刻だなぁと…

法体の四力。戒壇大御本尊は四力冥合の体。

戒壇大御本尊を捨て三大秘法開合の法門を否定する創価民にありがちなロジックとして、「謗法の地にである大石寺の大御本尊は信仰の対象にならないから大御本尊には三大秘法が揃っていない。」というような莫迦理論がある。大御本尊は本門の本尊だが、本門の…

受持即勧心の話。

◆天台大師の云く「信力の故に受け念力の故に持つ」云云(四条金吾殿御返事) 今さら言う事でもありませんが大聖人仏法の根本教義はこの「受持即勧心」の法門にあります。創価時代に「御本尊から離れないこと」と教えられそういものだと漠然と思っていました。…

弥四郎国重と熱原三烈士を考える。

弥四郎国重と言えば本門戒壇の大御本尊の願主であることは皆さん御存じだと思います。戒壇大御本尊の脇書きに【本門戒壇の願主弥四郎国重、法華講衆等敬白】と記されています。古来からこの弥四郎国重については様々な見解があります。私も創価時代に弥四郎…

三証の中の理証

◆日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず(三三蔵祈雨事) との御聖訓にあるように、「文証」「理証」「現証」の【三証】は仏法の高低浅深を判断するうえで大切な要素です。上記の御文をあたかも文理よりも現証の方が…

ペットの成仏(三途成仏)と創価学会員。

先日、未熟さんとコメントで飼い猫のやり取りをしたので今日はまずペットの成仏の話をします。ペットなどのいわゆる畜生は成仏するのか?地獄・餓鬼・畜生は三途といってこれらの三途が成仏するかどうかは昔から仏法界ではたまに議論されてます。日蓮大聖人…

勤行・唱題は総体の修行という話。

以前の記事に「勤行・唱題は総体の修行です」と書きましたが、今日はその話をしたいと思います。「総体の受持・別体の受持」とかいう小難しい話しじゃなくてもっと身近な話です。私達法華講員の修行と言ったら、「勤行唱題・折伏・ご供養・登山(参詣)」で…

驕慢謗法の話。

過日、小野塚さんがコメントに増上慢の事を書いてくれたので今日は「驕慢謗法」について書いてみたいと思います。「慢」というと経典によって七慢・八慢・九慢と諸説ありますが内容は大体似ています。増上慢はそのうちの七慢と八慢に書かれいます。言葉的に…

生身の日蓮大聖人。

「戒壇大御本尊は生身の日蓮大聖人」法華講員ならば、いや日興門流の僧俗であれば誰しも当然のように分かっていることなんだがどうも最近の創価民にはよく理解できないらしい。日頃から「生命は永遠だ」とか生命について偉そうに能書きをたてれいる割には「…

戒壇大御本尊が唯一無二な理由

戒壇大御本尊と自余の本尊を全く同じという創価民のために今日は戒壇大御本尊と自余の本尊と違う理由を簡単に書いてみます。(とりあえず長くなるので文証は割愛します)まず第一に、戒壇大御本尊は【大聖人の出世の本懐の御本尊】です。聖人御難事に「余は…

「有解無信」と「無解有信」

「無解有信」(理解はしていないけど信じている人)の対極として語れるのが「有解無信」(理解はしているけど信じていない)。「新池御書」に、 ◆有解無信とて法門をば解りて信心なき者は更に成仏すべからず、有信無解とて解はなくとも信心あるものは成仏す…

何故創価教学は狂うのか?

梵我一如さんが「創価森」ブログの狂った御書解釈を紹介してくれていたので読んでみた。 まぁ完全に逝かれていますね。引用するのもアフォらしいのしないが何で創価民の教学は「狂学」になるのか? 実はその理由を多くの創価民が教えてくれている。(以下太…

「大御本尊の事が御書に書いてません」ええ。それが何か?

戒壇大御本尊を捨てた邪教創価の活動家がいつもいうのセリフ。 それが「大御本尊につい御書にかいていない」である。 当時聖教での ▼大聖人御自身が、本抄(聖人御難事)において、直接、「弘安2年の御本尊」 について一言も言及されていない。 との説明を受…

やはり創価は御本尊をわかっていないらしい。

ひごちゃんさんからのコメントで過日の創価新報に書かれていた創価が大御本尊受持しない理由。 毎度毎度低レベルな話を繰り返していてもう何度も破折済ではあるけど おバカな学会員がネットで拡散して、なおかつあたかも創価の主張が大聖人の真意であるかの…

オマエの酒だけは飲めね~な。

今週は、「魔の忘年会」週間。 今夜も「クリスマス会」という名の飲み会があります。 昔は毎晩午前様でも全然平気だったのだけど 最近は週4でもキツイ。 寄る年波には勝てません。 「飲酒」というと、龍樹の「大論」(大智度論)の中に 「飲酒」による35の失…

四箇の格言

12月は忘年会シーズン。皆さん飲みすぎてませんか? 私は先週・今週と飲み会が続いております。 昨日・一昨日は連チャンの飲み会でようやくヤマ場を超えました。 あとは、週末の「忘年会」から「クリスマス会」と名目が変わっただけの飲み会。 ここを無事に…

教学とは信心だよ

最近の創価活動家の教学離れには目を覆うものがある。 教学離れというレベルをはるかに超えて 最早、教学軽視といっていいレベルである。 昔から創価幹部・活動家にはその傾向はあった。 男子部活動家時代に幹部のわけわからない指導に 「そうことは御書に書…

聖僧について

日興遺誡置文の ◆先師の如く予が化儀も聖僧為る可し、但し時の貫首或は習学の仁に於ては設い一旦の妖犯有りと雖も衆徒に 差置く可き事 この御文に聖僧について書いてみる。 以前この御文については【或いは】という読み方は 貫首または習学の仁と読むのでは…

その題目には「力」なんてない。

創価幹部活動家の困ったときの指導は 「題目を上げる」って言うが定番だ。 しかもご丁寧に 広宣流布を誓う、「誓願の題目」だとか 師匠の心を我が心とする、「師弟不二の題目」だとか 自他共の幸福を願う、「化他の題目」だとか そういう題目を上げることに…

理証による日蓮本仏論

日蓮大聖人を御本仏とする日興門流と それを否定する身延をはじめとする他宗派。 日蓮は自分を本仏だと言っていない。とか こちらが文証出せば今度は「それは偽書」だ。とか まぁ話が噛み合わない。(まぁ相手もそう思ってるが) 正直、「日蓮本仏論」の話に…

仏教学と教学②

「日蓮正宗の教義」を肯定している、世間の学者はいない。 と青蓮さんもブログで書いているが 本当に?って思う人もいるかもしれないので ここで、ハッキリ言ってくが、それは「本当」だ。 俺も、青蓮さん同様に、「正宗教義」を肯定している 世間の学者は一…

仏教学と教学①

創価学会員で「仏教学」を真剣に学んだっていう人はまずお目にかからない。 教学っていうと大抵は御書までで終わる。 その御書だって全編を学ぶ会員は少ない。 なかには・・・いやそのほとんどが御書にも到達しない。 池田センセのスピーチやら 人間革命ばか…

指導と指南

昨日書ききれなっかたので 今日は昨日の続きで「指導主義」について もう少し書こうと思っている。 池田センセをはじめとする 創価幹部の言葉は「指導」だよね。 それに対し、日寛上人をはじめとする 歴代法主の言葉のことは 「指南」と呼ぶ。 この、「指導…