【法師功徳品第19】前の随喜品の因の功徳の説法を受けて、当品では随喜品の因の功徳である『六根清浄』を明かして法華流通を勧めます。六根清浄とは、我々の眼・耳・鼻・舌・身・意の六つの感覚(六根)が、煩悩を残したまま清らかになることです。当品の冒頭で、釈尊は常精進菩薩に五種法師を修行することで眼・鼻・身の三つにそれぞれ八百の功徳が、耳と舌と意にはそれぞれ千二百の功徳が得られ、これら六根の功徳を全部合わせると六千の功徳を得られると明かします。六根清浄の詳細は割愛しますが、大聖人仏法においては五種法師をそれぞれ修行する(別体の受持)のでなく受持の一行(総体の受持)です。またここでいう法師とはこの受持の一行を修行する人すべてのことです。
【常不軽菩薩品第20】前品で六根清浄の功徳を明かした釈尊は、当品でその実例として過去の不軽菩薩の因縁を説き、法華誹謗する者と信受する者の罪福を説き法華流通を勧めます。当品で釈尊は対告衆の勢至菩薩に、遥昔の威音王仏の像法の時代に常不軽という一人の比丘が四衆を見ると必ず合掌して、「我深敬如等。不敢軽慢。所以者何。汝等皆行菩薩道。当得作仏。」(二十四字の法華経といいます)と言って礼拝し、遂には六根清浄の果徳を得たのです。釈尊はこの常不軽菩薩が過去世における自身の姿で現世において成仏の相を示現できたのも過去の法華経修行の功徳に依よることを明かします。逆に常不軽菩薩を軽賤した四衆は、阿鼻地獄に堕ちて大苦を受けたと説きました。不軽菩薩は礼拝しただけで破折していないから摂受ぽく感じる人もいると思いますが、他者が望まなくても自ら法を説くことを折伏といいます。故に不軽菩薩の行動は規範とすべき折伏の姿なのです。
【如来神力品第21】当品以降の八品は、嘱累・化他・自行約して付嘱流通が説かれます。その中で当品と『嘱累品』は嘱累流通になります。当品ではまず釈尊が、①吐舌相
②通身放光③一時謦欬④倶共弾指⑤地六種動⑥普見大会⑦空中唱声⑧咸皆帰命⑨遙散諸物⑩十方通同という爾前迹門ではなかった十種の大神力を顕します。そして釈尊は上行菩薩を筆頭とする地涌の菩薩たちに対し、称歎付嘱・結要付嘱・勧奨付嘱・釈付嘱から成る法華経の滅後弘通を付嘱します。これは地涌の菩薩にだけ法華経の肝要を付嘱するので、【別付嘱】といいます。なかでも特に重要なのは、「以要言之。如来一切所有之法。如来一切自在神力。如来一切秘要之蔵。如来一切甚深之事。皆於此経。宣示顕説」に括られる法体の付嘱である結要付嘱です。大聖人はこの結要付嘱とは本尊付嘱であると御教示されています。
【嘱累品第22】当品は先の神力品が地涌の菩薩限定の付嘱だったの対し全ての菩薩への付嘱が説かれるので、「別付嘱」に対し【総付嘱】といいます。当品では摩頂付嘱と言って釈尊が三回すべての菩薩の頭をなでることで、全ての菩薩にこの大法を付嘱します。こうして釈尊は付嘱を終え、十方分身の仏たちを自分の国土に帰すために宝塔を閉じ、見宝塔品から始まった虚空会の説法が終わります。
【薬王菩薩本事品第23】前品で虚空会の説法が終わり、当品から再び霊鷲山での説法になります。当品は薬王菩薩の本事を明かして、法華修行を勧め、さらに法華経受持の功徳を説き法華流通を促します。最初に宿王華菩薩が薬王菩薩の本事を問い、釈尊が薬王菩薩の過去世である一切衆生憙見菩薩の因縁を説き明かし、その後に宿王華菩薩に法華経が諸経の中で最勝であることを十の譬え(十種の称揚)で説き、続いて「宿王華よ、この『薬王菩薩本事品』を汝に付嘱す。汝は、法華経を仏の入滅の後の、後の五百歳に娑婆世界に広宣流布させて、断絶させるようなことがあってはならない。たとえ悪魔や魔民・夜叉等がこれを破ろうとしても、汝は神通力をもって、この法華経を守護すべきである。」と言います。この文を引用して、広宣流布は宿王華菩薩に付嘱されたと主張するおバカさんがいますが、ここまでの法華経の流れをみれば宿王華菩薩は弘教をするのでなく、弘教者を守護する役目を仰せつかったことは一目瞭然です。釈尊が宿王華菩薩に広宣流布を命じたなんて気楽に語っている人は、もう少し法華経を読んで勉強して欲しいものですね。
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