創価ダメだしブログ

創価・顕正、その他異流義破折と日蓮大聖人の仏法を正しく伝えるブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

宗教社会学【心理学・社会学】

社会学は社会を分析する学問だからその範囲は広大で、当然「宗教社会学」というジャンルもあります。宗教を否定しても肯定しても、そして無関心であっても宗教と社会は不可分の関係で、人間もその形成する社会も、いかなる時代にいかなる国で生きても宗教の影響を受けるのです。「宗教社会学」の有名な論説を幾つか紹介すると、まずはマックス・ウェーバーの【世界の脱魔術化】。人類は最初は神話などの世界に浸かっていました。ウェーバーはこうした宗教的な世界を【魔術化した世界】としました。やがて科学等の発達によって魔術化世界から【脱魔術化世界】に進んでいきました。しかし、脱魔術化が進むと人類・社会の間に【目的的合理性・形式的合理性】が広がり、個人としての人生の意義や価値を見失います。そうなると今度は再び神秘的・超自然現象への関心が高まる【再魔術化】が起こるという説です。結局はいくら科学技術等が発達しても否、科学技術等が発達し世界が物質的に豊かになればなるほど、それに比例して宗教の必要性が高まるという事になるといわけです。また、エミール・デュルケムは、【社会そのものが宗教である。】という論説を立てました。デュルケムは個人同士が繋がる一体感である【集合沸騰】という現象に注目して、集合沸騰の体験が特定の場所やシンボルによって記憶されると宗教上のアイテム(教会や寺院、十字架や仏像など)になると論説しました。国旗や国歌、贔屓チームのユニフォームやホームグランドなども集合沸騰のアイテムです。つまりデュルケムは宗教とは集合沸騰であるから人間社会全体が宗教であると言うわけです。どちらも古典的な論説ですが現代でも納得する部分もあります。例えば創価学会などの新興宗教の信仰形態は集合沸騰そのものです。会員が集団でひとつのことに熱狂するというパターンの信仰です。創価学会員にとって選挙はアイテムであり公明党はシンボルなのです。そして池田大作が今までの創価学会員のシンボルアイテムだったのです。彼等にとって大切なのは池田や学会員との思い出の場所である創学会自体が重要な宗教アイテムだから本尊義や教学が大きく変わっても無関心なのですね。ただ、このような【集合沸騰型信仰】は、社会の変化と共に廃れていくと思います。しかし宗教そのものは、現在の個人主義・唯物主義が進むほどに求められる存在になるのでないかと考えいます。宗教側の問題は、そうした人間そして社会に対して必要とされる宗教であるかどうかということで、現実に残ってきた歴史のある伝統宗派の復興が鍵になります。そういう意味では、日蓮正宗は他の伝統仏教と違い仏教本来の活動をしているので他宗より一歩リードしていると思います。

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