創価ダメだしブログ

創価・顕正、その他異流義破折と日蓮大聖人の仏法を正しく伝えるブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

御講拝読御書研鑽(2025年9月・祈禱抄)

月を待つまでは灯を憑むべし。宝珠のなき処には金銀も宝なり。白烏の恩をば黒烏に報ずべし。聖僧の恩をば凡僧に報ずべし。とくとく利生をさずけ給えと強盛に申すならば、いかでか祈りのかなわざるべき。

今月の、御講拝読書は『祈禱抄』の一節です。白烏の恩をば黒烏に報ずべしとは章安大師の『観心論疏』に書かれている説話で、昔ある国の王様が狩の途中で疲れて草原で寝込んでしまったところ、そこに潜んでいた毒蛇が王様に噛かみ付こうとしたときに、一羽の白い烏(からす)が舞い降りて来て、王様を嘴でつついて起こし、王様は毒蛇から逃げることができました。王様は、その白い烏に恩返しをしなければと思い、家来に命じて捜さがさせたのですが見つかりません。そこで家来が、「白い烏はいくら捜してもどこにもおりません。そのかわり黒い烏はどこにでもたくさんおります。その黒い烏に、白い烏から受けた恩を返したらいかがでしょうか」といい、 それを聞いた王様は、白鳥の代わりに黒烏に恩を返したという話です。この御文について、日達上人は「大聖人様に限らず、われわれを導いて、この南無妙法蓮華経につかせてくれた人は皆白鳥である。(中略)どうして報じるかというと、同じく自分もまた謗法の人々に、この妙蓮華経を下種し、折伏して、教化して初めて、その恩を報じるができるということなんです」と御指南されています。聖僧(白鳥)とは別しては日蓮大聖人であり、総じては戒壇大御本尊(日蓮大聖人)を信仰する日蓮正宗大石寺の僧俗門徒で、凡僧(黒鳥)とは日蓮大聖人の仏法を信仰していない人々のことです。大聖人は『報恩抄』で、「夫れ、老狐は塚をあとにせず、白亀は毛宝が恩をほうず。畜生すら、かくのごとし。いおうや人倫をや。されば、古の賢者・予譲といいし者は剣をのみて智伯が恩にあて、こう演と申せし臣下は腹をさいて衛の懿公が肝を入れたり。いかにいおうや、仏教をならわん者の、父母・師匠・国恩をわするべしや。」と御指南されています。戒壇大御本尊に受けた恩に対して報いていくのが信仰者として在り方です。報恩の方法は多々ありますが、日寛上人は『報恩抄文段』で、「身命を惜しまず邪法を退治し、正法を弘通すれば、即ち一切の恩として報ぜざること莫きが故なり。」「邪法を退治するは即ちこれ報恩」「正法を弘通するは即ちこれ謝徳」と報恩の要術を明かされています。つまり破邪・顕正の折伏こそが大聖人に対して私達法華講員が出来る最高の報恩なのです。いくら題目を上げようと、多くの御供養をしようと、何度も御登山しようと、創価顕正会などの邪法教団を破折もせずに見過ごしていては大聖人の恩に報いるとは言えないし、折伏弘教をしなければ大聖人の御徳に本当に感謝していると言えないのです。そして折伏弘教をするために教学を学ぶことは報恩謝徳に通じるのです。その上で強盛に祈っていけば祈りは必ず叶うと大聖人は仰せです。私も叶えたい願いがありますから折伏弘教に精進していきたいと思ってます。最後に聖僧のことを「妻帯しない僧侶」だと言っている莫迦学会員は、御書をもう少しよく学んで、大聖人の言われてる聖僧の意味をちゃんと理解しなさい。いや、その前に大小相対の基礎教学からやりなおしなさい。

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