ココアさんより、【過去の記事で南無妙法蓮華経についてのQ&Aがありました。その中で南無が人で妙法蓮華経が法だということを言われていたと思いますがそのあたりをもう少し詳しく教えていただけませんでしょうか?】との質問をいただいたので、妙法五字・七字について説明します。【正宗のとあるお寺のホームページでは妙法蓮華経に帰命するというように書かれていたものもありました】との事ですが、妙法蓮華経に帰命するという説明は間違いではありませんが、多くの人はこの説明を「釈尊の説いた妙法蓮華経=法華経に帰命すること」だと誤解しがちです。日蓮大聖人の仏法は釈尊の法華経の妙法蓮華経に帰命するのではありません。日寛上人が「故に知んぬ、文義意の中の意の妙法、種熟脱の中の種の妙法、即ち是れ文底秘沈の大法にして寿量品の肝心本門の題目是れなり。」(文底秘沈抄)と御指南されているように、文底の妙法五字に帰命するという意味です。また『御義口伝』に、「帰命とは南無妙法蓮華経これなり。」と書かれているように、帰命とは南無妙法蓮華経のことです。その理由は妙法蓮華経は法であり帰命(南無)とは人になり、南無妙法蓮華経の七字で人法一体の法体になるからです。妙法蓮華経に帰命するという説明は一応の意味で、その真意は、南無(帰命)と妙法蓮華経は不可分という意味です。これは御本仏を離れて妙法蓮華経は存在しないことを示しています。この五字・七字の関係について日顕上人は『三大秘法儀』のなかで、次の様に御指南されています。「御書の中では、五字の相をもって本有法体を説き給う一面と、七字を挙げて本尊法体を説き明かし給う一面を多々拝見する。しかし、五字と七字は本来不二であって、五字の法体はそのまま七字の法体であり、七字の体はそのまま五字で区別不能である。」つまり五字と七字は不可分(本尊=法体)だということです。その上で日顕上人は、「能証能導の法体において拝すれば、帰命の二字は下種本因妙、境、智、行、位の四妙のうち妙行・妙位を備えている。(中略)五字の場合は法界本有の法体に約して一切経教を総括する妙境・妙智を示し給うのであり、七字は法体そのままに自受用報身の事行事証としての境地冥合の下種本因妙を示し給うと拝する。」と言われています。南無(帰命)は、行・位ですから「人」で、法界本有の法体の五字は境智ですから「法」になりますので、南無妙法蓮華経の七字で四妙(本因妙)となります。つまり妙法五字は「理法体」で、七字は「事法体」という事です。更に、「御本尊の中心の南無妙法蓮華経は、その直下に示し給う日蓮の御名そのもであり境地冥合の実体、人情一箇を表し給うのである(中略)ここに、本門の大曼荼羅御本尊の「南無妙法蓮華経」の究竟が存ずるのである。」と結論されてます。これは南無妙法蓮華経の七字は即日蓮大聖人ということです。『御義口伝』に、「無作の三身とは末法の法華経の行者なり。無作三身の宝号を南無妙法蓮華経と云ふなり」と書かれているはこの事で、日蓮大聖人が本因妙(境地行位の四妙)の教主です。まとめると、「南無」=「行・位」=「人」、「妙法蓮華経」=「境・智」=「法」、「南無妙法蓮華経」=「境智行位」=「本因妙」というのが日顕上人の会通です。「妙法蓮華経に帰命する」という表現はこの真意を理解したうえで使わないと、創価学会員の様に「法華経の題号の妙法蓮華経に帰命する事」というとんでもない解釈になってまいます。そうした誤解を生みやすいので私は「妙法蓮華経に帰命する」という説明はしません。「南無妙法蓮華経」=「日蓮大聖人」=「大御本尊」ですから、唱題(修行)に約せば、南無妙法蓮華経は大御本尊を受持すること、本尊(法体)に約せば南無妙法蓮華経は日蓮大聖人の色心二法。と説明するようにしています。因みにこの会通ができれば、池田創価の「南無妙法蓮華経は宇宙の法則」論が間違いだと分かります。せめて「妙法蓮華経は宇宙の法則」と言っていれば弁解の余地も有っただろうに。
※創価退会相談・質問・疑問・対論など常時コメントを受付ています。メールでの問合せは、「プロフィール」に公開しているアドレスまで。
▼一日「イチ押し」お願いします

