創価ダメだしブログ

創価・顕正、その他異流義破折と日蓮大聖人の仏法を正しく伝えるブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

感応道交について。発心と境地冥合。

先日、寝言丸さんから質問をいただいた【感応道交】について書きます。感応道交とは衆生が仏を感じ(求め)、仏がその衆生の心に応え、衆生と仏の心(道)が一つになることをいいます。天台大師は『摩訶止観』で「道」とは「菩提心(発心)」のことであると説明をした後で、「問う。行者自ら発心するや。他に教えて発心せしむるや。答う。自・他・共・離・は皆不可なり。ただこれ感応道交にして発心を論ずるのみ」と説き、修行者は、自ら発心するのでも、他人から教えられて発心するのでも、ある条件で発心するのでも、その条件から離れて発心するのでもなくて、ただ感応道交して発心すると述べてます。日寛上人は『観心本尊抄文段』で、「観心本尊とは即ち事行の題目なり。謂く「観心」即ち是れ能修の九界「本尊」即ち是れ所修の仏界、十界十如既に是れ分明なり。豈法の字に非や。九界・仏界感応道交し、能修・所修境智冥合し甚深の境界は言語道断・心行所滅なり。」と本門本尊を信じて唱題を申し上げる事を感応道交といい、それによって境智冥合すると御指南されています。境地冥合するとは、事の一念三千を顕すことです。感=衆生・九界と応=仏・仏界が感応道交し一念三千となり勤行唱題の姿となって事相として顕れるわけです。大聖人が御本尊を顕されたのも感応道交の結果です。『義浄房御書』で、「寿量品の自我偈に云わく「一心欲見仏不自惜身命」云々。日蓮が己心の仏界を、この文に依って顕すなり。その故は、寿量品の事の一念三千の三大秘法を成就せること、この経文なり。秘すべし、秘すべし。」と御示しのように、「一心欲見仏不自惜身命」の信徒(衆生)の感に応じて、大聖人の仏果である御本尊を顕すのです。故に大聖人御在より現在に至るまで、謗法者(仏を求めない者)には御本尊を授与しないのです。創価はよく「一閻浮提総与」だから一切衆生に与えられた本尊だといいますが、それは仏様(大聖人)から見た時に一切衆生に与えたのであって、衆生側が無条件で与えられたと思うのは間違っています。仏は衆生に求めに応じて顕れるのですから、不信の衆生の前には現れません。ましてや謗法者の前に現れるはずはありません。「一閻浮提総与の御本尊」とは、本門戒壇の大御本尊のみに冠された言葉です。本門戒壇の大御本尊を棄てた(一心欲見仏)創価学会員の本尊はただの紙きれです。さてもう一度『摩訶止観』にもどりますが、天台大師は衆生が発心する(仏を感じる)のはどんな時か以下のように述べています。①森羅万象の理を推測(考察)した時、②仏の様々な姿を見た時、③仏の様々な神通力を見た時、④仏の様々な教えを聞いた時、⑤仏の様々な国土で遊んだ時、⑥様々な人々を見た時、⑦様々な人が修行する姿を見た時、⑧仏の教えが滅するのを見た時、⑨様々な間違いを見た時、⑩人が様々な苦しみを受けているのを見た時。自分が発心した時に当て嵌まるのではないでしょうか?詳しい解説は割愛しますが、相手がどうしたら発心するのか。『摩訶止観』のこの天台大師の説法は大いに参考になると思います。

創価学会の退会方法(静かに創価を去るために) - 創価ダメだしブログ

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