創価ダメだしブログ

創価・顕正、その他異流義破折と日蓮大聖人の仏法を正しく伝えるブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

ケ・ハレ・ケガレ【人類学・民俗学・雑学】

民俗学の基礎的な思想に、「ケ」「ハレ」「ケガレ」というものがあります。「ケ」と「ハレ」は、柳田国男によって提唱された概念で、「ケ」というのは、日常的な労働と休息の時間と空間を意味し、「ハレ」というのは、祭礼や冠婚葬祭、年中行事といった特別な時間と空間の事です。また、「ケガレ」とは、「穢れ」という一般的な言葉をもとに1970年代以降に民俗学や人文学が設定した分析概念で、「ケガレ」というカタナカ表記にしたのは、「ケ」「ハレ」という概念の議論の中から出てきたからです。この「ケガレ」という概念を設定したのは波平恵美子という人です。「ケ」「ハレ」「ケガレ」の概念の関連性については、民俗学・人文学の研究者の間で大いに議論されてきましたが、私論としては、「ケ」→「ケガレ」→「ハレ」→「ケ」というように循環されていくものだと思っていますし、「ケガレ」は「ケ」に内在する存在だと考えます。「ケ」は朝起きて仕事し夜眠るという生産と労働の日常ですが、変化と刺激のない日々を重ねていくと、人の身心は澱んできます。それが「ケガレ」であり、その「ケガレ」を洗い流すために人は、「ハレ」の日を作り消費し遊興して、再び「ケ」に戻っていく。簡単に言えば、「仕事で溜まったストレスを休日に発散する。」ということで、誰しもがしている人生サイクルが、「ケ・ケガレ・ハレ」のサイクルです。現代では「ハレ」に該当するのは旅行や趣味などですが、昔は祭りや冠婚葬祭といった宗教的儀式で「ケガレ」を取り除いていて、「ケガレ」を消滅させるためには宗教的儀式を伴っていたわけです。「ケガレ(穢れ)」の概念の根本からすると、宗的儀式によって「ケガレ」を浄化することは、非常に説得力が理にかなっています。そうならば、私が朝晩に仏(本尊)に向かい勤行唱題しているのは、「ケ~ケガレ~ハレ」のサイクルが毎日していることになります。毎日、「ケガレ」を取り除いていれば、趣味や遊びを純粋に楽しめて、「ケの日常」も楽しめる。これも信仰のひとつの効用だと感じますし、信仰を薦める理由のひとつでもあります。もっとも、教団活動に忙殺され「ハレ」の日が減って「ケガレ」が蓄積するような、信仰・教団が存在しますから信仰なら何でもいいわけではないですけどね。

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