創価ダメだしブログ

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創価の2月闘争とその伝統。

今年は創価都市伝説のひとつである『2月闘争』70周年記念だそうだ。創価の『2月闘争』というのは、若干24歳の山本伸一池田大作が蒲田支部支部幹事として月201世帯の折伏をし池田の学会活動の初陣を華々しく飾ったというストーリーで池田の武勇伝の中でも最もよく聞かされる伝説である。活動家時代には折伏戦が何よりも好きだった私も創価活動家の御多分に漏れずこの池田の武勇伝には心を震わせた一人である。そんな私が数年後ふとしたことから「戸田城聖全集」を手に入れた。そこで最初に『2月闘争』当時の昭和27年2月近辺の戸田会長の巻頭言やら講演集やら読んでみたが、「戸田城聖全集」のどこにも池田大作の活躍も蒲田支部の201世帯のことも書いていなかった。とてもモヤモヤしていたが数年前ある方の書いたブログを読んでその時のモヤモヤが確信に変わった。

「伝統の2月闘争」の眉唾

記事は10年ほど前に書かれたものだが、この筆者によると『2月闘争』の事は、「戸田城聖全集」のみならず当時の聖教新聞のどこにも書かれていないようである。池田大作の名前が聖教新聞に載ったのは、この『2月闘争』の最中に奥様の白木かねと婚約の準備をしていたということだけらしい(笑)もし池田が言うように伝説的な戦いであったならば聖教新聞に掲載し他支部の会員に読ませるはずだろう。そんな素晴らしい蒲田での出来事をわざと隠す必要もない。また、初陣の戦いで池田が獅子奮迅の働きをしていたのなら戸田会長がわざわざ大闘争の最中の2月に池田とかねの婚約の打ち合わせをするとは思えないし、仮に戸田会長からそのような話が出ても、「今は折伏の事で頭がいっぱいで婚約の話どころじゃありません。」というのが普通だと思う。こう言っちゃなんだが、女性にうつつを抜かしながら大事業をやってのけた男は見たことない。しかも池田とかねの媒酌人は戸田会長ではなく小泉理事。史上最高の折伏をした池田青年なのに何故、戸田会長は媒酌人を買って出てはくれなかったのだろうか。戸田会長と池田の間柄が特別であったのなら戸田会長自ら池田とかねの媒酌人を買ってでるのではないか?また翌年(昭和28年1月)の小岩支部の新支部長は蒲田で大きな戦果をあげた池田ではなく石田次男氏が任命され、その任命式の席上で戸田会長は「私と次男(小説では石川幸男)の二人で支部旗を握って常泉寺にたっていればよい。小岩は今日からそのつもりでいなさい」(この部分は小説人間革命から削除されるも戸田城聖全集に記載されている)と発言し、伝説の漢・池田大作よりも石田氏の方に信頼を置いていたように思える。こうした事実を見れば少なくても昭和27~28年当時は、創価にとっても蒲田支部にとってもそして戸田会長にとっても池田は単なる支部幹事でありそれ以上の特別な存在ではなかったと思う方が自然ではないだろうか。このように創価史上最大級の伝説ともいえる池田大作による2月闘争なるものを客観的に裏付ける証拠はついぞこの70年間なにひとつ示されていないのである。これらの事から想像できるのは、池田大作の武勇伝である『2月闘争』での事実は、蒲田支部で1カ月201世帯の折伏をしたことと池田がその時に蒲田支部支部幹事をしていたという事だけで、この二つを繋げた伝説の武勇伝は池田の自己申告以外の何物でもないという事だろう。つまり池田大作の力で蒲田支部が201世帯の折伏を成し遂げたと思っているのは当の池田大作と後の池田の手下以外にいなかったというのが現実だろう。なんといっても戸田会長が池田の働きに何もコメントしていないのが現実である。そんな池田の自己申告と池田を伝説化したい手下どもが創作した都市伝説にまんまと乗せられて「伝統の2月、池田先生の突破口を戦いで~」なんて70年間も言っているとは池田創価プロパガンダには恐れ入る。ただし池田の『2月闘争の伝統』がないわけではない。その伝統とは「幹部は部員さんを戦わせてあげることが幹部の戦い」というよくわからない伝統である。要するに、幹部は自分が折伏しなくても会員に折伏させればいい。という実に幹部にとって都合よい伝統は24歳の池田が作ってくれたありがたい伝統である。伝統の2月の戦い。蒲田支部の201世帯の折伏のうち池田は一体何世帯の個人折伏をしたのだろうか?これだけ武勇伝が豊富で自慢話好きな池田だが折伏の自慢話だけはとんと聞かない(同じアパートの人を折伏したという話だけ)池田は自分の両親も折伏できなったのだから恐らく折伏は苦手な典型的な創価幹部だったのだろうと想像が出来る。そんな池田が編み出した戦法が「自分は折伏できないが会員に折伏させるのが幹部の仕事」と言う伝統だろう。そして会員が出し合た結果は自分の手柄として吹聴する。典型的なイヤな上司のパターンである。その伝統は70年経った今でも創価幹部の血脈相承のごとく脈々と創価組織に流れている。私が男子部副部長時代の本部長は、「自分の戦いと幹部としての戦いとどちらを優先すべきか?」とその上の幹部に指導を受けたところ、「部員さんを戦わせてあげることが君の使命」と言われたそうだ。(本人談)当然、この本部長も彼を指導した圏幹部も本流どころか入決もとっていない。しかしまぁ「会員に戦わせてあげる」ってどこから目線なのか?そもそも折伏でも何でもそれは実際にやった人の功徳善根にしかならないわけで、「やらせた」相手には何の功徳善根もない。【譬えば貧窮の人日夜に隣の財を計へたれども半銭の得分もなきが如し】である。創価民の諸君は『伝統の2月』などという池田が創作した都市伝説にいつまでも騙され謗法に謗法を重ねている場合ではない。キミ達の周りで結果を出せている幹部はいるか?原田会長は折伏をしているのか?公明党の議員はどうかね?早く悪夢から覚めて正しい大聖人の仏法に戻る事を願うばかりである。

 

 

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