「小樽問答」の話が出たので少し記事を書いてみる。といっても「小樽問答」なんてのはやがて創価の歴史からも、正宗の歴史からも抹消されるだろうけどね。もす既に学会の歴史としての「小樽問答」の扱いは「正宗の僧侶が身延の対論から逃げた」「宗門の変わりに創価が【正法正義】を守るために法論をした」「学会が大勝利して【創価の正義】を証明した」なんてことになちゃってるもんね。SOKAnetにも「小樽問答の勝利は、日蓮大聖人の信心の血脈が学会のなかにこそ躍動していることを証明するものでもあったのです」な~んて書いちゃってるもんね。「小樽問答」のどこをどう解釈したらば、大聖人の信心の血脈が云々という話になるのか?しかもだよ「身延派を圧倒する池田室長の司会第一声で、既に勝負は決していたと言える」なんてさ、いかにも大作センセが勝利に導いた風の相変らずのロジック(笑)「歴史を捏造する」ってのは独裁者の専売特許だね。「小樽問答」の内容については、いまやネットで自由に拾えるので創価が自サイトで自画自賛しているような内容でないことは周知の事実だが、まず対論の中身を取り上げると決して「創価」が自力で勝利したわけではなく、創価のロジックは既に正宗が何度も身延派を破折してきた内容そのままで、創価は正宗の過去の主張をくり返し代弁したに過ぎない。このことは「横浜問答」や「両山問答」などを読んで研鑽すれば一目瞭然。創価が破折するずっと前から、富士門流によって身延派の破折はされている勝敗も決しているのだから、正宗が身延から逃げることは有り得ない。むしろ「その程度」の話で、身延坊主に正宗のことを口に出して、大袈裟な法論の約束をした創価の婦人部が悪い。ザコのチンピラ相手に本家の総長の名前を出しちゃったって感じで、創価が蒔いた種なんだら自分たちで始末するのが当たり前だろう。そしてよく言われるのが内容云々というようりも、創価側が身延の倍の人数を動員したり、ヤジなどを飛ばして法論にならなかった。って話だが、テープを聞く限りまぁその通りだろうなって思う。だからといって、あれは法論じゃない。だから負けてない。っていう身延も身延なんだけどね。身延が負けてない。っていうなら勝ったのか?といえばそうとも思えない。話の内容は法論だが実際は恫喝というのは、創価の法論の手口あることは確かで、「小樽問答」の池田のやり口は、その後平成になってしっかりと「広宣部」に受け継がれた。「広宣部」が他宗の活動家と法論するときは、「絵面的に勝ったように見えること」が最優先なんだよ。これは実際に広宣部の幹部がそう指導しているのだから間違いない。勿論、法の正邪の話はするがそこは二の次だ。なぜなら相手も活動家ならば「法の正邪」の決着などつかないからだ。また決着がついたとしても負けた側が改宗することもない。だから法門法義の正邪よりも「絵的に勝ってる風」することが重要となる。勢いよく話す。相手が返答不能になるように持っていく。まぁ色々とテクニックはあるのだが、とにかく【コチラが終始攻めている印象を周りの人間に見せる】ということが大切だ。しかも【見せる相手】というのは、相手や相手の周辺の人間でなく、あくまでも【創価側】の人間。つまり学会員に【勝っているように見せる】ということだ。さらに言えば、相手が二度と絡んでこないように思い切りイヤな思いをさせる。その方法のひとつとして恫喝も辞さない。広宣部時代にはコレは広宣部のやり方か。とある意味感心したが、なんのことはないこの手法は「小樽問答」以来の伝統だったんだな。今振り返るとそう思うね。さて話は変わるけどご報告をひとつ。今日、母のお世話になっているお寺に学会の御本尊を返納してきました。お巻して約1週間。断腸の思いではあったけど、四半世紀題目を上げてきた御本尊は大御本尊様のもとにお返ししました。しかしアレですね。内得信仰ってのは淋しいですね。でも、五座三座ちゃんとやってます!