創価ダメだしブログ

創価・顕正、その他異流義破折と日蓮大聖人の仏法を正しく伝えるブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

創価脳になると読解力なくなるのか?

eco◆Smw69 さんが、ウォッチブログのあべひ君が

前回の「墓苑」についてのブログ記事に反論していることを教えてくれた。

あべひ君というと以前会館で葬儀ができないのは

「建築確認」が原因だ。

というシロート同然の反論で大いに笑わせくれた方だが

今回もまた、シロートの意見を堂々とブログに書いて

その無知・・いや無恥を余すとことなく披露してくれている。

前回の反論の時も、わざわざ

「俺はそういう仕事をしている」と教えてあげたのにね(笑)

では最初にあべひ君のシロート考えを軽くイジってみる。

(以下▼があべひ君の発言)

▼まず、墓地は分譲マンションのように「買う」ものではない。墓地を経営する公益団体(たとえば寺とか)から、ユーザーが一定の利用条件に応じて「借りる」という趣旨のものがほとんどである。

そんな事は常識である。あべひ君のドシロートなところは、

「買う」=「所有権」を得ること。だと思っているところである。

「買う」というの「権利を得る」ことであり「所有権」に限らない。

それに墓「地」は賃借であるが、

墓「石」は動産であるから所有権である。

墓石のリースなんて聞いたこともない。

このような場合借地権の不動産においては

「売買契約」を締結するのが常識。

つまり売買とは所有権に限定されない。のである。

もっと単純に言えば、通常墓を取得するとき

ほとんどの人が「お墓を買った」という。

「お墓を借りた」などと言っている人を聞いたことがない。

当の学会員さんも「お墓を買った」と言っている。

つまり一般常識として墓は「買うもの」として認知されているのだ。

あべひ君やあべひ君の周りの人だってそうだろう?

「墓を借りた」なんて言わないし聞かないだろ?(笑)

見識の前に常識を知るべきだよ。あべひ君。

▼ユーザーが一定の利用条件に応じて「借りる」という趣旨のものがほとんどである。したがって相続の対象となる「財産」にはならない。

「墓地」も相続の対象になる。相続税の対象とならないだけである。

また、墓石は所有権であるが、これも相続税の対象財産にならない。

さらに土地も所有権の墓地もあるが、これまた相続税財産の対象外。

つまり「お墓」というのはどんな権利状態であっても相続税の対象外の財産なのである。

なぜなら、墓地や仏具は「祭祀財産」だからであって

あべひ君の言うような「借りている」からという理由ではない。

賃借権の不動産は「借りて」いても相続税の対象になるのだよ。

消費者契約法における「過量」にあたるので契約をとりけし 払ったお金をかえしてもらお

墓苑の契約も消費者契約法の範疇である。

▼たとえば月極駐車場を借りているのとよく似ている。

この辺りがいかにもトーシローの発言で、

月極駐車場というのは短期借地である。

墓苑の場合短期借地ということはあり得ないので月極駐車場とは全く違う。

むしろ、一般の借地(または期間が決まっていれば定期借地)と同じである。

また、月極駐車場などの賃貸契約の場合

通常は賃貸料として毎月支払う契約である。

対し墓地は初めに一括して賃借する対価を支払う。

こうした場合は「賃貸契約」ではなく「売買契約」を結ぶのが一般的だ。

例えば借地の上に自分で住宅を建てた場合は

底地も含めて「売買契約」を締結する。

土地が「賃貸契約」で建物が「売買契約」なんていうのは

30年以上この商売をしている俺でも見たことがない。

なので「墓苑」というのは「権利」を購入する行為であり

「借りているだけ」などというのは

「何も知らない」つまり「無知」な人間の発言なのである。

個人的にはこうした長期にわたり権利を保有する墓地については

賃借権や地役権・使用権などの登記をするべきだと思うが

国も相続税という税金がとれなから登記の必要なしと定めたのだろうと思う。

未登記という事は第三者に対抗できないから本来は登記すべきと思っている。

あべひ君。墓苑の契約が月極駐車場を借りるのと似てる?だって

いま説明してあげたように

全然似ても似つかないのモノなのだよ(大笑)

あべひ君の見識と知識とやらは、

ドシロート丸出しの浅はかな(墓だけに)もので

プロから見れば大笑いのモノばかりなのである。

何も知らないのに「知ったかぶり」すると恥かくよ。

さて、ひとしきり笑ってところで本題に入る。

このほかあべひ君は、

▼墓地を借りて墓石を設置することに対し一家族一基が妥当だという法律も判例もない。

などと書いているが、本当に呆れるくらい文章の読解力がない。

これは彼だけに限らず、ここにコメントを入れてきた

ほとんどすべてのカツドウカに共通する。

前回の俺のブログ記事において、

俺が「買うというのはどういうことか?」とか

「借りると買うの違い」とかを問題にしたか?

また「墓石設置の数量について創価が法律違反をしている」

と趣旨のことを書いたか?

もう一度読んで欲しいが、そんな趣旨の記事ではない。

おそらく1000人が読んでもあべひ君のような解釈するのはあべひ君だけだと思う

創価脳が1000人読むともっと多いかもしれないが)

前回の会館の記事もそうだが、

一人の人間がいくつも墓を買うのが違法かどうかでなく

一般常識で考えればおかしいだろ?って書いたのである。

また、「仏法の本義」にない仏事は不要といって僧侶を排除しているのに

「仏法の本義」にはない「墓」などを何で取り扱っているんだ?

と問いかけているのである。

そんなに小難しい文章もかいていなし

抽象的な表現も使っていない。

誤読しようがない記事だと思う。

事実。あべひ君以外の読者の皆様は誤読していない。

あの記事を誤読するとなると

著しくに文章の読解能力が欠如しているとしか思えない。

そうでなければ、わざと話をすり替えているか。のどちらかである。

もっともわざと話をすり替えられる能力がある人間であれば

もう少し上手にすり替えるだろうから

やはり読解力がない。という事だろう。

それが「創価脳」の特徴なんだろうね。

まぁ、「本尊義」を聞いているのに答えないような

「日本語」が読めないカツドウカよりは「日本語」が分かるだけましだが

「文章」になると分からなくなってしまうところが惜しいね(笑)

創価脳」になると読解力がなくなるのは何故なのかなぁ。

変な小説を毎日読んでるからなのか?

だから、語彙力も要約力も思考力も低下するのか?

知ってる言葉は「日顕宗」

要約するのは「日々の勤行」

思考はハナから停止中。

それじゃ文章を理解することは難しいよね。

やはり、あの変な小説がダメなのではないかね?

さて再びあべひ君。

僧侶はいらないが墓は売る。

墓はうるけど塔婆はいらない。

そもそも墓と塔婆は仏法の本義から言えば同じなのに。

何故塔婆は不要で墓苑は必要なのか?

そのような趣旨が前回ブログの内容だ。

ここまで書けばキミでも理解できるだろう。

そこでだ。あべひ君。

「仏法の本義」に照らして塔婆は不要だけど墓苑は必要。

「仏法の本義」に照らして遠方の墓苑をいくつ買ってもいい。

とうような反論記事を書いて見給え。期待しているぞ。

あくまでも「仏法の本義」に照らして書いてくれたまえよ。

そうそう大聖人の文証を引用するのも忘れないでくれよ。

なんなら釈迦の経典や天台・妙楽などの論でもOKだ。

まぁ、無理に書かなくてもよいけどな。

なにせキミのブログで大聖人仏法の話が書かれているのは見たことないから

おそらく「仏法の本義」なんていわれても

どうせまた俺を「笑わせにくる」記事になる事と予想できるし。

まぁ、キミの無知&無恥丸出しのブログも

「お笑い」としては俺も高く評価している。

でも、他人のブログを論評するブログを続けるならば

もう少し読解力を鍛えた方がいいと思うぞ。

そうだな。夏休みは読書感想文でも書いてみたらどうだろうか?

他人のブログを読んでる暇があったら

良書を読んだ方がいいと思うよ。

大作センセもそういってるじゃないか。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ