以前も記事に書いてけど、相変わらず創価活動家は
自分たちを新興宗教団体と思われるのが嫌やなようで
なんとか、そう思われないように「創価は鎌倉時代に日蓮大聖人を信仰する伝統仏教団体です」
と一生懸命説明する。
そんなことを言っている創価活動家を見ると本当に嘘つきだなぁって思う。
もちろん、確信犯的に言ってる邪智な活動家とそうでない無知な活動家といるけど
どっちにしても今の創価を「鎌倉時代から続く伝統仏教の在家教団」と称するのは
間違いであり、嘘であることを創価以外の人には知ってもらいたい。
確かに、宗門から破門される前まではその教義も化義も日蓮正宗のソレであったから
いわゆる伝統仏教を信仰する団体であったことは間違いない。
今の学会員は、宗教法人として日蓮正宗と創価学会は最初から別団体だったと思っているようだが
破門前の創価学会員は全員、創価学会員であると同時に正宗の信徒だったのである。
これが何を意味するのかといえば、学会員は会員である前に正宗の信徒であるということである。
それはさて置き、破門後の創価は大聖人以来の日蓮仏法の全てを捨てたのである。
勤行を始めとする化義を全て捨てて、自分たちが勝手に決めた化義を採用し
そして最後に、大聖人仏法の根幹たる大御本尊を捨てた。
つまり、彼らの言うところの「鎌倉時代から続く伝統」を全て捨て
大作センセが勝手に考え出した信仰形態を新たに打ち立てたわけである。
「伝統」でもなければ「仏教」でもない。
こういう宗教を常識では新興宗教と呼ぶ。
つまり創価は立派な新興週休団体であり、
その歴史は30年足らずである。
とても「伝統的」という形容詞をつけるに値しないだろう。
そろそろ、創価活動家も自分たちが新興宗教団体であることを自覚すべきだと思う。
正宗の狭義・化義をことごとく否定・攻撃しておいて
正宗の伝統だけ盗もうとするとは人とし恥かしいではないか。
もっとも、怪しげな新興団体というのはとかく「伝統」を欲しがる節があるが
そうした伝統を権威という言葉にすり替えて、権威=悪という勝手な言い分を吐いている学会員が
「仏教教団」という称号だけは欲しがるというのは噴飯ものだろう。
結局、自分たちをまだ「池田教」とか「創価教」と言えないのは
それを言ったら世間に警戒されてしまうから。というのが本音だろう。
つまり世間を欺くには「創価は日蓮大聖人を信仰している伝統的な仏教団体」という表向きが必要ってわけだ。
「3000円ポッキリ」と言って入店したら数十万円請求されるという
ボッタクリ飲み屋のキャッチと同じである。
「お兄さん、いい宗教あるよ。心配ないよウチはもうここらで20年もやっているお店だからボッタクリだったらそんなに続かないでしょ?それにうちの店は某有名会社の関連のお店だから」
こういうのが一番怪しいのである。
「日顕宗」とかいって正宗を誹謗しているのに
正宗の伝統だけは欲しいとは(笑)
世間を騙すために「伝統仏法」を隠れ蓑にしたいみたいだけど
いまさら「伝統仏法です」なんていくら叫んでも無駄だよ(笑)