創価ダメだしブログ

創価学会やその他異流義破折と日蓮大聖人の仏法の解説、宗教・思想を考察するブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

グリーフケアと仏事

近年、『グリーフケア』が注目されています。AIによると、「グリーフケアの”グリーフ”は深い悲しみや悲嘆を表し、家族やパートナー、友人、流産や死産、ペットなど”大切な存在”を失ったことで生じる心の痛みに寄り添う支え全般を指します。」との説明です。私のこの10か月で愛猫を2匹亡くしその時の喪失感は半端なかったし、ここ3年で母や義父・友人の死を体験し深い悲しみを感じました。「○○ロス」という言葉が示すように、誰しも自分の大切な存在を失った時の悲しみ・寂しさ・喪失感の痛みを感じるものだと思います。命あるものは必ず死ぬと分かっていても、だからといって心はそう簡単に割り切れるものではありません。この遺族の心の痛みをケアするのは本来は宗教の役目だったのです。しかし現代では人々の宗教心が薄れ、僧侶など聖職者との繋がりが弱くなり、グリーフの陥った時に頼れる人、頼れる場所が無くなってしまったので、『グリーフケア』という宗教に変わる形態が出現したのだと思います。戦後、伝統宗教団体は布教を怠り信仰を求める人々が新興宗教団体に吸収されたことに加え、創価学会などが僧侶や仏事は不要という啓蒙活動を展開し、また日本全体に経済中心の唯物思想になり人々が僧侶や葬儀・仏事などを「無駄なモノ」として排除してきた結果、グリーフに陥る人を増やしてしまったという皮肉な状況を作り出したと言えます。無信仰の人達だけなく、新興宗教団体の信徒にも『グリーフケア』を受ける人も結構います。なぜ信仰をしているのに、そのような状態になってしまうのか考えると、在家集団の新興宗教団体には、僧侶などの聖職者の存在が無く、仏事などが行われていなかったり、仮に行われていたとしても儀式として不十分で遺族を癒すには物足りないからでしょう。葬儀や法事、塔婆供養や墓参と言った仏事は故人に対する供養という意味だけは無く、遺族に対するグリーフケアでもあるのです。通夜・葬儀をし、初七日・四十九日を済ませ納骨をし、一周忌・三回忌といった仏事を行う中で、徐々に悲しみや寂しさを薄め、また故人に対して「もう少し何かしてあげたかった」という、後悔や罪悪感から解放される。人はそうやってグリーフを克服してきたのです。また儀式だけはなく僧侶など聖職者の励ましの言葉は大切です。聖職者に特別な力が有るわけではないですが、彼等は一般人とは比べモノにならないくらいの死を見つめきたのですから言葉の重みが違うのです。ここに宗教を持つことの本来の意義があるのです。現世利益ばかり言う宗教もありますが、現世利益は宗教の表層部分でしかなく本来の目的ではないのです。手前味噌ですが、日蓮正宗はいつでも寺院に参詣することができ、御住職とも気さくに話をすることができる宗派です。生前からお寺に気軽に行けて住職と交流できるというのは、大切な存在を失った時に大きな力となります。ともあれ命ある者には必ず死を迎えます。大切な存在を失った時にグリーフに陥らない為にも宗教を持つことをお勧めします。出来れば現世利益ばかり言ってくる新興宗教ではなく、伝統ある宗教が望ましいです。

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