創価ダメだしブログ

創価学会やその他異流義破折と日蓮大聖人の仏法の解説、宗教・思想を考察するブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

大師号宣下に関する正宗誹謗のウソ

前回、『禅寺墓地問題』の読者の質問に回答したが、今回はもうひとつの質問にあった『大師号宣下』に関する創価学会の正宗誹謗のウソを解説する。日蓮大聖人への「大師号宣下」とは、57世・日正上人の時代に日蓮門下各派が連名で、日蓮大聖人に大師号を賜わるよう宮内省に請願を提出し、大正11年10月に「立正大師」の大師号が下賜された事を指す。創価怪文書・フェイクはこの件について、請願書に日正上人が連名したことや日正上人が「大師号宣下奉戴式」に出席して閉会の挨拶をしたこと、更には『中外日報』の記事にあった「磯野日蓮宗管長の発声で自我偈・唱題の法要を修し」という記事を奇貨として日正上人を謗法与同だと騒ぎ、例によって無知な創価学会員に正宗誹謗ネタとして供給した。フェイクは日正上人が磯野日蓮宗管長の導師で勤行・唱題をしたと報じたが、『田中智學自伝』に奉戴式の写真が載っていてそれをよく見ると、『創価新報』が画像を掲載し日正上人だと指摘した人影は実際には合掌などしていないことが分かった。合掌をしていないという事は、すなわち勤行・唱題もしていないという事で、謗法与同などに該当しない。日有上人の『化義抄』には「同座なれども経をも読まず布施をも引かざるなり」(100条)と示されていて、他宗の僧侶と同座しても読経もせず布施も貰わなければ与同罪にはならない。また請願書に署名することの何が悪いのだろうか。大聖人は、「賢王・聖主の御世ならば、日本第一の勧賞にもおこなわれ、現身に大師号もあるべし」(種々御振舞御書)と仰せられ大師号を否定されていなし、最澄上人を伝教大師と大師号で読んでいる。ところが創価は、「戒壇の大御本尊を否定する輩と共同して、天皇より大師号を賜わった日正上人は謗法を犯したことになる」など言っている。大師号を賜ることが謗法などいう文証はどこにもないし、日達上人が「私はそれ(大師号宣下)を聞いて、若輩で生意気盛りであったから大いに憤慨して日蓮大聖人は仏様だから大聖人でよいのだ。大師だとか菩薩などの称号はいらない。もしそういう名前をくれたら即座に返して下さい。という事を書いて建白書として宗務院宛上人(第60世日開上人)に送った。その後しばらくして上人が帰寺せられ、夜であったが私は奥の居間に呼ばれて、「お前の云う事はよくわかっておる。しかし今の宗門は非常に小さくて力が無いのである。今、文部省に抵抗してもどうにもならない。もう暫時待って宗門を大きくしてからでなければどうにもならない。もう少し幸抱しなさい」と諭されたのであった」と回顧しているように、正宗が積極的に大師号宣下を働きかけた事実はない。四悉檀の許容範囲である。それを謗法というなら池田大作が世界各国から漁った勲章・称号の数々は大謗法の証拠となるだろう。もとより正宗では日蓮大聖人が御本仏であることは当然のことで、大師号を有難がって自慢する僧俗はいない。その証拠に正宗僧俗で大聖人を【立正大師】などと呼ぶ者は一人もいない。勲章を有難がって自慢するようなバカな信徒はいないのである。このように歴史的背景や事実、正宗の化儀・法義をまるで知らず、しかも日正上人が異流義の日蓮宗等と一緒に勤行唱題をしたというウソをついて正宗を誹謗しているのが創価学会である。「戒壇の大御本尊を否定する輩と共同して」云々と言って日正上人を批判しておきながら、現在では自分たちが戒壇大御本尊を否定してるのだから、いかに創価が適当な教団か分かるだろう。

創価学会の退会方法(静かに創価を去るために) - 創価ダメだしブログ

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