過日、珍しく我家にエホバの証人がやってきた。自分は日蓮正宗信徒であることを名乗ると、正宗のチラシが自宅に投函されていたと言ってきたが、よく聞くと顕正会のチラシだったので、彼等は日蓮大聖人の名前を使っているカルト宗教であると教えた。その後、時間もあってので小一時間ほど話をした。【輸血について】他人の地を輸血するのは今でも禁止されているようだが、大人なら自分の意思でいいが、信仰を理解していない子供の場合、親が輸血拒否するのは間違っているのではないか聞くと、子供であってもそれは本人の意思だという。【鞭打ちについて】子供に対する鞭打ちは、実際に自分達も子供の頃にされたそうだが、それは普通の親が子供のしつけの為に叩くのと同じで親の愛情なのだそうだ。【神について】一神教における神は、ユダヤ・キリスト・イスラム教徒の呼び方は違っていても同一神か?と質問したところエホバの証人ではエホバだけが神という回答で、ならばエホバの神はユダヤ教と同じではないか?と聞くと違うという。これについては要領の得ない回答だった。【神は万能なのに不平等】万能の神がなぜ人間を不平等に作るのか?との質問には、神は人間より先に天使を作ったが、そのなかに悪魔になってしまった天使(堕天使)がいて、人間はその悪魔に支配されているからだそうだが、悪魔に騙されない人間を神は作ればいいのでないかと言ったのだが回答はなかった。他にも「僕が信仰している日蓮大聖人は根本の仏様なんです」「その仏様はどのように生まれたのですか?」「生まれていません最初から存在しています。生まれていないから死なない。つまり永遠です。それを生命と言います。生命とは生きている状態と死んでいる状態の両方のことです。そしてそれは私も貴方も同じです。人間が神によって『創られた』なら永遠の生命はというのはありません。なぜなら始まりがあるものは必ず終わりがあるからです。」「私達は人間が最初から存在していたというのは理解できません。」「それなら貴方の信仰するエホバの神は誰か創ったのですか?」「神は誰も作っていません。最初からいるのです。」「だったら僕の言っている事と同じではないですか(笑)。」など私からも日蓮大聖人の仏法の一端を教えておきました。やっぱりエホバの証人に限らず一神教では矛盾が多く、生死の問題を解決できないし、地球上に起きている紛争や差別等の問題や、個人の人生の苦悩に対して明確な答えを出せないと感じた。「神に委ねる」というのは、判断を保留し、行動を先延ばしするいい訳ではないかと思う。なかでもエホバの証人のように人間が勝手に聖書を解釈してたものを教義とするのは、それこそ唯一神に対する冒涜であり、一神教の根本と相反してる。エホバの証人の書籍も読んでいるのである程度は彼等の教義を理解しているが、やはりリアルで話を聞いた方が色々と分かって、今後のエホバの証人達への折伏にも役立つことも聞けたので、まぁまぁ有意義な時間だった。多分、そのうちまた来るんだろうなぁ。今度来たらハルマゲドンの事を聞いてみるかな。因みにエホバの証人では今回の僕のように話を聞いたり無料雑誌を受け取る人は「善い人」として記録され、【羊のような人たち】と教団内で言われています。だから私は【羊さん】だと思われます。実際は羊の皮を被った狼なんですけどね(笑)
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