創価ダメだしブログ

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心は脳の中にある。【科学・数学】

学生の頃、好きな女子に会うと胸がドキドキしたり、不安なことがあると、ちびまる子の山根君のようにお腹がモヤモヤした経験があると思います。「心」という臓器は人間の身体の中を探しても何処にもないのに、まるでそこに「心」という臓器がある様に思えます。そんな不思議な心について人間は古代から色々と考えています。例えば、アリストテレスは心は胸(心臓)にあると考えました。「われ思う故にわれあり」のデカルトは心を別個の存在として「心身二元論」を主張しました。。医学の父・ヒポクラテスは脳にあると考えました。実際に脳スキャン技術で測定すると、人間が喜怒哀楽を感じている時は脳の特定の部分が活性化されているそうです。脳と心の関係を科学として取り上げらる様になったひとつの切っ掛けとして、『フィニアス・ゲージの事故』という有名な話があります。1848年9月、アメリカの鉄道建築技術者の職長だったフィニアス・ゲージは、建設現場で、長さ43インチ(約109センチ)の鉄の棒がゲージの左頬を貫通し、脳を通って頭蓋骨の上部から突き抜けるという大事故に遭います。しかし幸運なことにゲージは左目の視力を失ったものの、知力や認知機能、運動能力はそのまま維持することが出来ました。ところがこの事故以降、ゲージの性格はガラリと変わりました。事故前は非常に人望が厚かったのですが、事故後は野蛮で下品な人間になってしまったのです。この事故で彼が損傷したのは、人間らしい心の働きに重要な役割を果たしている脳の前頭前野という部位で、それが原因で性格が変わってしまったと考えられ、この事故がきっかけで脳と心の関係についての研究が始まったと言われています。心理学などと比べると心の研究に後れをとっていた脳科学ですが、現在では「心は脳で作られる」という考え方が多くの人から支持されています。不思議なのは人間の脳の構造はほとんど全員同じなのに脳の中で作れられる心は千差万別なところです。同じ景色を見ても美しいと思もう人もいれば何とも思わない人もいる。これは脳内にインプットされている経験などの記憶が違うからだと言われています。仏教では視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚の五感と意識を六根といいます。このうちの「意」が「心」に相当しますが、『法華経』にはこの六根が清らかになる功徳があると説かれています。脳科学的にいえば「脳が清らかになる」ということで、五感から受ける刺激に対する脳の働き=思考が清浄になり脳が作り出す心も清らかになるというわけです。ですから信仰を持つことは脳科学的には良い事だという事になります。ただし、宗教には高低・浅深・正邪がありますから信仰なら何でもいいというわけではなく、信仰によっては脳に悪影響を及ぼし悪心を作りだしてしまうこともあるので注意が必要です。カルト宗教の信者の人達を見ていると分かりますよね。ともあれ心は脳の中にあるわけですから、心は自分で意図して創れるわけです。『六波羅蜜経』に「心の師とはなるとも、心を師とせざれ」と説かれています。正しい信仰は「心の師」となり、正しい心を生み結果それが幸福につながるというのが仏教の教えで脳科学と矛盾しないのです。

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