創価ダメだしブログ

創価・顕正、その他異流義破折と日蓮大聖人の仏法を正しく伝えるブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

破邪顕正とは笑止。歪曲と誑惑の機関誌、創価新報。

創価新報の4月号が手元に届いた。ここ数カ月は音沙汰が無かったが久々に届いたので目を通す。といっても読むのは正宗批判記事の「教宣のページ」(2ページ)だけだが、相変わらず「登山地獄」とか正宗の折伏を「高齢者を狙った迷惑行為」というなど、日蓮正宗信徒が読むと嘘八百を書き連ねたトンデモ記事で正宗を誹謗している。このような捏造・虚偽の創価の体質は治ることはないのだろう。さて記事の中で、「破邪顕正~法華講救済のために」という連載があった。今回で4回目のようだが初めて読んだ。今回は「謗法の魔山への供養は悪業の因」というタイトルで大石寺登山を批判をしているが、これがウソだらけ且つ噴飯物の主張なのだ。まず、戒壇大御本尊を拝まなければ「功徳が無い」「罪障消滅できない」「地獄に堕ちる」というような指導は正宗には存在しないし、登山を強要するという事実もない。冒頭からこうした大嘘を書くのだから呆れる。むしろ、「なんといっても、御本山(大石寺)に登り、親しく大御本尊様を拝まなくては、本物の信心になれない」と指導していたのは二代会長の戸田城聖だし、大石寺登山にノルマを課して会員に強要していたのは創価学会である。

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「広布破壊の坊主が跋扈する謗法の魔山と化した大石寺への登山、供養などは功徳どころか、かえって悪業を積むだけである」とイキっているが、正宗の御僧侶が広布破壊した事実はない。宗門がしたことは、広布破壊の大魔王・池田大作とその眷属を破門しただけである。宗門・法華講は、選挙活動や新聞啓蒙などといった広宣流布とは無関係な活動などせずに折伏・弘教だけをやっている。それのどこが広布破壊なのか文証で示してみろと言っておく。また法華講員は御本尊に御供養しているのであって、大石寺や御僧侶に供養しているのでない。戒壇大御本尊への御供養を「悪業を積む」とは何たる言い草か。そう言うオマエが悪業を積んでいるのである。記事では御登山の大事が書かれた『四条金吾殿御返事』の御文を挙げて、この御文は大難の渦中の大聖人を訪れた金吾の真心と信心を賞賛したもので登山を功徳を説いたものではない。と正宗が御書の文意を歪曲し信徒を誑惑していると言っているが、その金吾の真心と信心とは「大聖人の許に訪れた」ことあり、現代では大石寺への登山こそが信徒の真心と信心なのである。その志に功徳がないとは恐れ入る。そして御義口伝を引用して(画像参照)成仏の要諦は特定の場所に参詣する事ではないと言っているが、自分が修行している場所が当詣道場であるというのは総じて述べている(御義口伝なのだから当たり前)御指南であり、別して言えば各寺院、更に総じて言えば各寺院、別して言えば総本尊・大石寺が当詣道場なのである。自分のいる場所が当詣道場ならば、座談会等の創価の会合に行っても何の功徳もないだろう(笑)。自宅で申し上げる唱題でも成仏は可能だろうが(創価は偽本尊なので不可能)、それ以上に根本道場である大石寺に登山する功徳は大きい。故に大聖人は南条時光に「参詣遥かに中絶せり。急々に来臨を企つべし」と参詣を促し、日寛上人は「本門の戒壇の御本尊在す上は其の住処は即戒壇なり。其の本尊に打ち向ひ、戒壇の地に住して南無妙法蓮華経と唱ふる則んば本門の題目なり。志有らん人は登山して拝し給へ。」と御指南されているのである。創価新報こそ『四条金吾殿御返事』の御文を歪曲し会員を誑惑しているのだ。それにても、こんな稚拙なロジックで破邪顕正で法華講救済とは爆笑モノだ。こんなイカサマ論法で法華講員の戒壇大御本尊への真心と信心を奪うことが出来ると思っているなら、「なめんじゃねぇぞ」と言っておく。法華講の心配するより、衰退の一途を辿る自分たちの心配をしたらどうだ。

創価新報4月号

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