他宗派の寺院を物見遊山すると仏像をちょいちょい見かけます。寺院なのだから仏像が有るのは当然ですが、私の信仰する日蓮正宗の寺院には仏像が無いので逆に目新しさがあります。もちろん、仏像に対して特別な想いもないし心を奪われることはありませんが、日本の彫刻文化というとやはり仏像が代表ですから、仏像信仰はしていませんが、日本文化のひとつとして基礎知識くらいは勉強しています。仏像は、大きく「如来」「菩薩」「明王」「天部」のグループに分類されます。「如来」は釈迦如来・阿弥陀如来・薬師如来・大日如来等、「菩薩」は聖観音・千手観音・弥勒・文殊・地蔵等、「明王」は不動・金剛等、「天部」は帝釈・毘沙門・金剛力士等です。一応、「如来」が一番格上で「天部」が一番格下です。作り方も時代によって違っていて、飛鳥時代は青銅を使った「金銅仏」が、奈良時代は粘土を使った「塑像(そぞう)」、漆を固めた「脱活乾漆像」など、平安から鎌倉時代には木の霊的な生命を仏像に宿らせるという意味で木材が主流になります。これには「一木造」と「寄木造」があります。また仏像の表情にも時代背景が現れていて、飛鳥時代は顔は細長で、目はアーモンド型で口元に微笑みを浮かべていますが、鎌倉時代になるとリアルでダイナミックになります。国宝の東大寺南大門・金剛力士像などはそも典型です。仏像には色々な特徴がありますが、一番分かりやすいのが、印相(手の形)です。「来迎印」「説法印」「与願印」など印相にそれぞれ意味が有ります。釈迦・大日如来と阿弥陀如来を見分けるのには印相が一番分かりやすいです。

釈迦と大日如来は「禅定印」で、阿弥陀如来は「阿弥陀定印」です。他にも、台座で分かる仏像もあります。四天王は邪鬼(鬼)を、降三世明王は大自在天夫妻を踏みつけています。また獅子に乗っていたら文殊菩薩、像は普賢菩薩、牛は大威徳明王です。不動明王は眷属の 矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)の脇士がいたりします。それ以外にも「如来」「菩薩」「明王」「天部」とそれぞれに特徴があり、座像・立像・涅槃像など様々なポーズがあるのは御存じの通りです。西洋彫刻はリアルな人間美を表現しているの対し、仏像は空想の世界の世界を表現していて、個人的には西洋彫刻よりも仏像の方が見ていて楽しいです。また西洋彫刻は人間美を神に捧げる為に作られるの対し、仏像は神仏が宿ったいわば依代的存在ですから、西洋彫刻よりもリアリティに欠ける分、幽玄さ神秘さあるから見ていて飽きないのかもしれません。もっとも仏像に特別な力があるわけではありませんので、仏像に何かをお願いしても御利益があるわけではありません。ただ日本の彫刻文化を鑑賞することは日本人としての教養を養う一助にはなります。いつかどこかで仏像を見かけたら、この豆知識を思い出してくださいね。
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