たとい世間の諸戒これを破る者なりとも、堅く大小・権実等の経を弁えば、世間の破戒は仏法の持戒なり。涅槃経に云わく「戒において緩なる者は名づけて緩となさず、乗において緩なる者は乃ち名づけて緩となす」等云々。法華経に云わく「これを戒を持つと名づく」等云々。
創価学会の中には、いまだに日蓮正宗の御僧侶が妻帯していることを非難するような連中がいますが、日蓮大聖人が僧侶に妻帯を禁止した事実はありません。当該御文で、大聖人は破戒とは仏教の高低浅深を弁えず何でも同じと思う事(戒に緩い)だと御指南されています。逆に、世間の戒を破ったしても仏教の高低浅深を弁える者は仏教上においては持戒の者だとも言われてます。つまり大聖人仏法に於ける持戒とは、世間で言われている妻帯肉食などしないことではなく、最高の法である文底独一本門の本門戒壇大御本尊を受持することが持戒なのです。「どの御本尊も全部同じ本尊本尊」「釈尊が本仏で大聖人は釈尊の流れを汲む存在」などと言っている創価学会員は、まさしく仏教の高低浅深を弁えない破戒の者どもといえるでしょう。自分たちが破戒者であるのに、妻帯を理由に正宗僧侶を批判するのは僧宝誹謗の謗法です。妻帯している僧侶を尊敬できないのは個人の自由ですが、妻帯を理由に僧侶を非難するのであれば、まず自身も在家の戒律である、不殺生戒・不偸盗戒・不邪淫戒・ 不飲酒戒・不飲酒戒の『五戒』を守るべきです。自分たちは在家の戒律である『五戒』を守っていないのに、僧侶だけに出家の戒律を守れというのはナンセンスであり、かつ仏教に背いていると言えます。さて池田大作は、かつて青島幸男との対談の中で、「ぼくが言うのは法律的届けの問題は一夫一婦になっているということ。それで、法治国の国民としては、それに従うべきだ。ただし――ただしですよ、(笑い)――もし、それだけの理由と力があって、しかも誰にも迷惑をかけないという場合には、一夫一婦制の枠外の行為でも私は男性として認めます」(『月刊宝石』昭和45年1月号「青島幸男のイジワル対談」)と、堂々と「不倫を認める」と邪淫を容認しているのです。その池田が平成2年の『11.16スピーチ』で、「今はですよ、出家ってもね、あのー、ちゃんと奥さんをもらって赤ちゃんつくってさ。」などと暗に宗門僧侶を批判しているのだから驚きます。妻との性交は不邪淫で、子供をもうける事の何が大聖人の仏法に違背しているのでしょうか。「在家は妻以外の女性との性行為は認められるが、出家は妻を娶ってはいけない」という池田の主張はサイコパスすぎます。池田がこんなだから創価学会員同士の不倫が後を絶たないのです。このように創価学会はその存在自体が破戒であり、創価学会員は大聖人の御指南に背く謗法者であることは間違いありません。大聖人仏法の本当の戒律を持ちたいのであれば、一日も早く創価を退会して、日蓮正宗で勧誡・受戒を受けた方がいいでしょう。正しい御本尊を受持することが大聖人仏法の唯一の戒なのですから。
創価学会の退会方法(静かに創価を去るために) - 創価ダメだしブログ
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