公明と立憲が合併した新党「中道改革連合」だが、多くの国民は【中道】という意味が分からずにいる。公明議員や創価学会員がSNSなどで盛んに説明しているが意味不明だという声が圧倒的だ。それもそのはずで、公明党の使っている【中道】という言葉は仏教用語で一般人は聞きなれていない。そして【中道】=【人間主義】と主張したのは、創価学会の故・池田大作である。しかし、この池田の提唱した【人間主義】というのが【平等】【平和】【人権】といった抽象的な言葉を並べるだけの非常に幼稚な思想なので(思想というよりポエムに近い)訳が分からないのである。仏教における【中道】の詳しい説明は省略するが、【中道】を定義(人間主義とか)したら、その時点で【中道】ではなくなる。定義しないのが【中道】なのだ。池田は仏教系宗教団体の指導者としては勉強不足で仏教に関する理解度が低すぎるのである。そもそも政治において【中道】はあり得ない。宗教ならば全世界の人々を幸福にできる可能性はあるが、政治には絶対に不可能である。「生活者中心」というが、生活者の中には富裕層も貧困層もいる。貧困層が求める政治は富裕層には嫌われるし、ジェンダーにとっての最良はそうじゃない人には最悪、外国人が喜ぶ政治で迷惑蒙る日本人がいる。つまり、【一人も置き去りにしない政治】なんていうものは、宗教理論では存在するが、政治理論では存在しない。政治のマックスは最大公約数である。政治はゼロサムゲームだし、功利主義でなくはならない。それが政治における「民主主義」であり、全ての人間を幸福にするという宗教における「民主主義」とは違うのである。それを池田や公明党議員、創価学会員は「政治的民主主義」と「宗教的民主主義」を全く理解せずに混同しているのだから、宗教的にも政治的にも無知すぎる。「中革連」の訴えるような「中道政治」は理想であるかも知れないが、その理想は存在もしないし今後も誕生しない。そんな存在しない事をポエムのように語る「中革蓮」は、最低のポピュリズム政党であり、もはや単なる池田大作主義の政党でしかない。「中道改革連合」に投票するのことは、池田大作に賛同するといことなのである。話は変わるが当ブログの読者さんが、会合で「地元幹部からこれからの活動について話がありましたが、全国どこでも比例は中道と比例区への投票依頼の内容だけで小選挙区への呼び掛けはありませんでした。参加者からの小選挙区への対応についての質問に対しては自主投票との解答」があったとコメントしてくれたが、ひょっとしたら立憲は公明に騙されているのかも知れない。おそらく比例に力入れて選挙区の立憲候補の応援は片手間になると私も予想している。まぁそうだとしても騙される立憲議員たちがバカなだけで立憲の議席が減るのは大歓迎だからどうでもいいが。実際に今回の合同は対等な合併ではなく公明党による立憲の吸収だからな。「公明党の掲げた五つの旗」の元に集うのが立憲なんだから。こんな政党が長らく野党第一党だったといのだから情けな限りである。「悪夢」の立憲が、「悪魔」の公明党に吞み込まれたわけだが、悪魔は遠ざけなれば日本が危険にさらされる。因みに、「公明チャンネル」と「サブチャンネル」以外は視聴するなという支持もあった様で、これで中道と言っているのだから寝言は寝て言えって事ですな。
創価学会の退会方法(静かに創価を去るために) - 創価ダメだしブログ
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