『ギャンブラーの誤謬』という認知バイアスを知っていますか?コインを投げて表が出る可能性は50%ですよね。ところが、表が連続して出ると、「次は裏がでるはずだ」と思ってしまう心理のことで、1913年にモンテカルロのカジノのルーレットで26回連続して黒が出た後に多くのギャンブラーが「次こそ赤が出る」と思って赤に賭けて大負けしたことから『モンテカルロの誤謬』とも呼ばれてします。でもこれが間違っているかというと強ちそうとも言えません。【確率】には『数学的確率』と『統計的確率』があります。計算で求める『数学的確率』ならばコインの表が出る確率は50%ですが、例えばコインを100回投げて70回が表だったら、『統計的確率』では表が出る確率は70%になります。だからコインで表が連続で出たら、「次は裏」ではなく「次も表」と判断するのが『統計的確率』です。因みに、先のモンテカルロのカジノで26回連続で黒(偶数)が出る数学的確率は、黒が1回出る確率×26回≒1億3700万分の1になります。『統計的確率』も分母が大きく成れば『数学的確率』に近づきます。コインを投げる回数が増えれば増える程、表がでる確率は50%に近づくわけで、これを『大数の法則』といいます。さて、確率論と言えば有名なのがパスカルですが、パスカルは神の存在を信じた方がいい理由を確率論で主張しました。
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来世や天国地獄などないと思っている人は、コインには裏なんて無いといってるようなもので合理的・理論的な思考が欠けていると感じます。また死後ではなく今世の人生はどうでしょうか。私は人生とは、中村あゆみの「翼の折れたエンジェル」の歌詞のように、ダイスを振って生きていくものだと思っています。例えば、1は幸福・2~5は平凡・6は不幸のようなサイコロを振っているのだと感じています。確かに才能や努力による部分はあるけど、幸不幸・成功失敗を決める大きな要素は「運」です。サイコロの出目は、数学的確率ならば各々1/6ですが、人生は1回なので大数にならないから数学的確率とはならない。「悪い事ばかり続いたから今度はいいことがある」と思うのは、ギャンブラーの誤謬であり、「いいことがずっと続く」と思うのも確率論的にあり得ない。結局は「運」次第です(だからと言って努力が無駄だとは思いません)。信仰というのは運を積む努力という側面があると思うのです。もちろんそれは経典などに説かれている内容であって確実というわけではありません。でも何もしないまま運に身を任すのは受動的で消極的だと思うのです。仮に信仰をしても運気が上がらないとしても何のデメリットもないし、逆に運気が上がるなら儲けものではないですか。これが死後の世界が有るか無いかと同じ理屈です。だから信仰を持っている方が合理的で理論的だと思います。ただし金銭や時間、人間関係を奪うカルト教団のようなデメリットのあるの信仰もありますので、そういう教団に騙されてないことが大切です。その為にはやはり多少なりとも宗教に興味を持って学んでみるのも悪くありません。そんな感じで様々な宗教を勉強してきた私のお勧めは、もちろん日蓮正宗ですけどね(笑)。
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