ソーパーカの母は出産の時に気を失ってしまい死んだと思われて墓地に運ばれ火葬されかかりましたが、その時に暴風に見舞われ墓地に置き去りにされてしまいました。皆がいなくなった後に正気を取り戻してその場でソーパーカを出産し直後に亡くなりました。墓守が彼を見つけ拾い上げて自分の息子と一緒に育てられます。(諸説あり)ソーパーカは七歳の時に仏陀に弟子にして欲しいと頼みます。仏陀が家族に承諾を得るようにいうと、彼は養父と共に弟子にして欲しいと懇願し仏陀の弟子になります。孤児で不可触選民だったソーパーカでしたが、後に彼は教団でも有名な老僧になります。「不可触選民」とは、インドのカースト制でカーストの外に置かれた最下層の民のことで、日本だと「穢多」「非人」と呼ばれ差別を受けて人々のようなものです。ガンジーが不可触選民をハリジャン(神の子)と呼び平等を訴えたことは有名です。(現在はハリジャンという呼称は禁止されています)。またスッパブッダは難病(ハンセン病)で貧しい暮らしをしていました。ある日、大勢の人が集まっているところに遭遇します。彼は食物にありつけると思って近づきましたが、それは仏陀の説法を聞いている人々の集まりでした。物乞いを諦めて帰ろうとするスッパブッダを仏陀は呼び止め彼に法を丁寧に説きます。するとスッパブッダは真理を悟り、仏陀に出家を許されます。しかし残念な事に出家を許されて帰る途中に牛に角で突き殺されてしましまた。仏陀はスッパブッダの過去世について、「スッパブッダは、このラージャガハ(王舎城)で長者の子であった。庭園を歩いていたときタガラシキンという聖者が、城市に托鉢のために入るのを見てこう思ったのです。『何なのだ、病人の衣でうろつく、このハンセン病者は』と。そして唾を吐いて、軽蔑して、立ち去りました。その報いで数百千年も地獄で煮られたのです。その報いの残りでこのラージャガハで貧しく生まれた。」と説いてます。仏教の世界では僧侶を出家といいますが、出家というのはただ世間から離れるという意味だけはなく、カーストという「差別」を捨て、「差別」から離れ、「無差別」な生き方をすることが「出家」の本質だと思います。故に、上座部(小乗)よりも、大乗仏教の方が仏陀の精神を正しく継承していると思います。
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