先日、栃木県小山市の『浄圓寺』まで行ってきました。『浄圓寺』は日蓮正宗から離脱し、創価学会に寺宝である日寛上人御書写の本尊を提供し創価偽本尊の作成・販売に関与した旧日蓮正宗の末寺で、現在は創価系の単立寺院になっています。大多数の創価員はニセ本尊発祥の浄圓寺に行ったこともないでしょうから、創価員に成り代わり大謗法者の退転坊主が占拠している浄圓寺を見学してきました。『浄圓寺』は、乾元2年(1303) に、太夫阿闍梨日尊が建立された日蓮正宗の古刹寺院で、旧本堂は江戸時代の宝永年間(1704~1711年)に完成し、現在の本堂は昭和44(1969)年に改築しています。しかし、平成4年に当時の住職だった成田宣道と創価学会員の総代・佐藤某が信徒の意志を無視して日蓮正宗から離脱して、日蓮正宗の日寛上人書写の御本尊を創価に提供するという暴挙を行ったのです。


離脱時の状況について、当時浄圓寺支部の講頭だった小林邦三郎氏はその経緯を次のように証言しています。「元住職成田宣道は、今から三十年程前に赴任してきました。当時は新進気鋭の良い住職をいただいたと講員一同も喜んでいましたが、元々学会の青年部出身であった故学会一辺倒で、法華講は邪魔者扱いでした。葬式法事に来ていただいても横柄な態度でどなり散らすことが多く親戚中の顰蹙を買うのみでした。過去帳を頼んでも二年も三年も書いてくれず、しまいには位牌をなくして戒名が判らなくなったりして大変困りました。」、「だんだん学会員の御講への出席が減り平成三年の四月頃には学会の総代をはじめほとんど来なくなりましたので今度は法華講員を前にして学会を批判するようになりました。学会が寺院を護らないならば我々法華講員が護るしかないと思い、それなりに努力してきました。寺院に参詣するのは法華講員のみとなったので今度こそ法華講の面倒を見てくれるものと期待しておりましたが、寺院で唱題会を行っても言葉一つ掛けてくれませんでした。年一度の支部総会を開催したく住職に相談したところ、総会など必要ない信徒は寺院に参詣すればそれで良いのだと全く話になりませんでした。」、「今度の問題は学会が悪いとの言葉を口にしていましたので、まさか宗門離脱するとは思いもしませんでしたが、ただ住職の弟など身内が次々に離脱したとの話を聞き大丈夫かなとの懸念はありました。しかし離脱するような素ぶりは全くなく離脱したときは、まさかと思う半面、遂に来るべきものが来たかという思いもありました。」、「浄圓寺離脱のことは直ちに信行寺の福田御尊師から支院長様へ、そして本山や教区の寺院にも連絡されました。その晩は指導会を行うので浄圓寺に集合するようにと住職からの連絡を受けており、その指導会での対応についても福田御尊師の指導を受け待機しておりましたら、門は固く閉ざされ門扉には都合により本日の指導会はとりやめますと掲示しておりました。おそらく当方の動きを察知してとりやめたものと思われます。」「支院長様はじめ御僧侶三名、法華講員数名で浄圓寺に行き住職に面談を求めましたが、佐藤という学会員の総代がインターホンで対応し、住職は不在です。いつ帰ってくるか分かりません。と言うので一応掲示板を写真に収め引き上げました。」このように成田宣道は法華講信徒に何の説明も話し合いも無く寺院を乗っ取たのです。何という卑劣な行為でしょうか。これが創価学会のやり方です。成田宣道は死にましたが現在は元正宗の所化小僧で正式な僧侶でない青年僧侶改革同盟の渡辺雄範(現在は渡辺敏)が住職として居座っているようです。一日も早く薄汚いコスプレ坊主から浄圓寺を奪還してほしいです。


追伸、今回浄圓寺で色々と面白い光景を目にしてきました。その話は、また近いうちに記事にします。
■創価学会の退会方法(静かに創価を去るために) - 創価ダメだしブログ
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