既存政党が新興政党を批判する時によく使うのが「ポピュリズム」というワードです。現在の日本では、参政党やれいわ新選組などが「ポピュリズム政党」と言われ批判されています。「ポピュリズム」を日本語にすると、「大衆迎合主義」「人気取り政治」などとネガティブな意味で使われますが、日本政治の現状としては、維新あたりから始まって、れいわ新選組・参政党・日本保守党などのポピュリズム政党が台頭してきており、ポピュリズムを批判してきた公明党もSNSなどを使ってポピュリズムに回帰しています。ポピュリズムの起源はアメリカ南部・西部の農民が大企業や政府の権威的に対して反旗を翻した農民運動が社会改革運動に発展してたことだと言われています。ポピュリズムの定義をおおまかに説明すると、ひとつは固定的な支持層でなく広く国民に直接訴える政治スタイルで、もうひとつは庶民の立場からエリートや既存政党を批判する政治スタイルです。ポピュリズムを批判する人々はポピュリズムは民主主義の敵の様に言いますが、英国の政治学者のマーガレット・カノヴァンは「ポピュリズムは、デモクラシーの後を影のようについてくる」と民主主義とポピュリズムの関係を表現しています。近代民主主義について政治理論研究者の山本圭は、デモクラシーには「立憲主義」的な「自由主義」的解釈と、「ポピュリズム主義」的な「民主主義」的な解釈があると主張しています。立憲主義的な解釈とは法の支配による権力の抑止を重視し、ポピュリズム的解釈とは国民の意志を実現することを重視しする解釈です。また、カノヴァンはデモクラシーを「実務型」と「救済型」に分類しました。「実務型」とは政治家や官僚主体の政治行政で、「救済型」とは国民が直接参加する国民主体の運動です。そして「実務型」が優位に立つと国民に疎外感が生まれるためにポピュリズムが広がるとカノヴァンは分析しています。まさしく今の日本でポピュリズムが広まっているのは、これまでの既存政党の「実務型」の政治行政による、国民の疎外感に有ると言えます。仏のツヴェタン・トドロフが「ポピュリズムとは伝統的な右派や左派に分類できるものではなく、むしろ「下」に属する運動である。既成政党は右も左もひっくるめて「上」であり「上」のエリートたちを「下」から批判するものだ」と指摘しているように、日本国民は既存政党に怒りを抱いている。それがポピュリズム政党が生まれ躍進する理由です。ところが既成政党の政治家たちはそれが理解できず、ポピュリズムを「大衆迎合」「愚衆政治」という意味合いで使います。そうした「民衆」を見下した政治エリート面している政党・政治家がいる限り、ポピュリズムは影の様についてくるのです。そもそも現代日本において「愚かな民衆」はほぼいません。「愚か」だと思ているのは特権意識を持った「愚かなエリート」「愚かな政治家」だけです。民衆が政治思想的に成長して健全なポピュリズム主義の政治に変わっていくとを期待しています。企業や宗教団体などの「組織票」は日本にとって有害だと思います。
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