今年は参議院選挙があり、公明党が惨敗。更には自民党から離脱と日本の政治の正常化に近づいた気がします。参議院選挙の創価活動時代のイメージは、「とにかく長い」に尽きます。統一地方選挙や参議院選挙は、最初から日程が決まっているので、選挙活動の始動が早く「選挙の戦い」が活動が長いんです。まだ統一地方選挙は春なので少し短いけど、参議院選挙は夏ですから長いんです。参議院選挙の活動はいつから始まるのかというと、なんと前年の11月半ばからです。創価学会創立記念日の11月18日が終わると、翌年の参議院選挙の戦いにシフトされます。「来年の事を言うと鬼が笑う」といいますが、これはもう鬼も大爆笑です。なんと7カ月間も「選挙の戦い」をしているのです。宗教団体が1年の半分以上を選挙活動に費やすんですよ。こんな宗教団体は創価学会以外に他に類をみません。創価学会活動を始めたばかりの時は、日蓮大聖人の仏教を信仰ではなく選挙の活動ばかりしている状況に不満と疑問がありました。しかもそれまでの人生の中で、一度も投票したこともなく検討の対象にすらしなかった公明党を支援するのですから不本意の極みです。それでも信心は素直でなければいけないと思い選挙活動しました。まずは年末に、「一人20枚の年賀状を出そう」みたいな打ち出しがありました。(当時はLINEもないしメールも一般的じゃなかった)当時は取引先や顧客に毎年150枚以上の年賀状を手書きで出していた私にとって20枚の年賀状?という感覚でしたが、20人に年賀状というのは意外と創価男子部にはハードルが高かったみたいで、「どんだけ人付き合いしてね~んだよ」と思いました。因みにこんな指示をしておいて年賀はがき代金は自腹です。はがきと言え20枚も買えばランチ1回分にはなる金額なんですけどね。こんなことを半強制するなら、せめて年賀はがき位は創価で支給するべきです。いまの学会員はLINEやメールで無料だからいいですね。そして、年が明けると男子部では「署名運動」が始まります。この署名運動は公明党とか創価学会とは一切関係ない内容の署名です。私が覚えているのは、サッカーのW杯を日本で開催するという署名です。(その後、実現しました)もちろん、署名数の目標というノルマがあり、目標を達成しても期限まで目一杯やります。そんな署名が公明党の得票には繋がることはありませんが、こういうことをやらせるのは、男子部の活動量を地域ごとに推定しているのだと思います。そうこうしているうちに、創価学会の記念日のひとつである3月16日を迎え、それ以降はF取りと言われる公明党支援のお願いの戦いが本格的に始まります。毎週、日曜になるとF取りにあちこち出かけます。GWには全国交流といって県外で公明党候補の立つ予定の県に行ってそこでF取りします。この活動も交通費や宿泊費は自腹です。また県外の滅多に会わない親戚・友人の手土産を持参する会員もいますが、そこで公明党候補の話なんかしたら、ただでさえ事前運動・戸別訪問という公選法違反しているところに買収も追加ですね。さて公示になると連日闘争です。家庭訪問による内票、いままで獲得したFを固め、期日前選挙への連れ出し、更なるFの拡大(この時に卒アルを使って電話攻撃します)、更には各種報告の集計など、活動家は寝る間もなくなります。合言葉は「止暇断眠」です(笑)。そしていよいよ選挙当日。早朝に拠点で打合せして、まだ選挙に行っていない男子部員さん自宅を張り込み・投票所への連れ出し・定時報告・やることない会員は拠点で唱題・そして時には不運にして公選法違反で拘束された会員を警察署まで身柄引き受けに行く。投票時間が過ぎてようやく男子部拠点に戻り夕勤行して、あとは酒を飲みながら皆で選挙速報を視る。こうして半年以上に亘る長~いマル参(参議院選挙)の戦いの幕が閉じられるわけです。仏教感・信仰感など全然ありません。だから、今回のように公明党が惨敗すると(特に選挙区で)、創価活動家の皆さん同情するのと同時に「ザマミロ」と笑いが止まらなくなります。私にとっては楽しい思い出のひとコマですが、二度とやりたくないですね。因みに私が「仏敵」「師敵対」と呼ばれ組織を追放された原因は、この長~いマル参の戦いの中で、3月まで折伏メインの活動を部内でしていたからです。でも、署名活動は並行してやっていたし、4月からはマル参の戦いに切り替えたんですけど、「いうことを聞かなかった」のが幹部の癇に障ったのでしょう(笑)。折伏していて仏敵になっちゃうような教団から追放されて良かったですけどね。
創価学会の退会方法(静かに創価を去るために) - 創価ダメだしブログ
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