宗教と科学は相反する立場として捉えられがちですが、実際には宗教も科学も、「どうして?」という問いに関しての答えを探求している部分で共通していています。例えば、災害について考えてみます。日蓮大聖人の御在世の世の中は、災害・飢饉・疫病などと、釈尊の経典に説かれている末法の様相を呈していました。新鎌倉仏教と呼ばれる宗派の宗祖たちは、なぜ南都北嶺の旧仏教から独立して新しい宗派を立てたのか?それは、旧仏教では人々を救えないという結論に至ったからです。つまり、災害等の天災は、「どうして起こるのか?」という原因を探求し、「どうしたら防げるのか?」という解決方法を求めて、日蓮大聖人等の新鎌倉仏教の各宗祖たちは、当時の日本の最高峰の学問である仏教にその解決方法を見出したのです。「どうして?」という日本語を英語にすると、「Why」または「How」になります。この二つの単語は、「Why」は「理由」「目的」を、「How」は「方法」「手段」を尋ねる時に使うという違いがあります。「This is why~」は、「このようなわけで」と理由を述べ、「This is how~」は、「こうやって」と方法を述べます。この両者のうち、科学は「How 」に関しての答えを導くだけで、「Why」についての答えを出すことが出来ません。先の災害を例に取ると、科学では災害の原因を究明することは可能ですが、なぜ自分が被災してしまったのか?という人間ひとり一人の「Why」に対しては何の回答もすることが出来ないのです。ひとりの人間の人生於いて必要な答えは、「How」ではなく「Why」なのです。災害・病気・貧困・仕事・人間関係など、人生で直面する悩みは多々あります。そして、そのような悩みが生まれる原因は、科学等の学問で究明できます。しかし、なぜ自分がそうした悩みの「当事者」になってしまうのか、その原因は科学では分からない。原因が分からないから解決策も分からない。そうした「Why」に回答を与えてくれるのが宗教なのです。もちろん、宗教によってその回答は区々です。「先祖の祟り」「悪霊の仕業」などと言って脅して金銭を巻きあげるカルト教団に引っ掛かってしまう人もいます。仏教などの宗教をしっかりと学んでいれば、間違ってもこのようなカルト教団に騙されることはありません。科学では解決できない、「Why」はいつどこで自分自身に降りかかってくるか分かりません。その時に慌てるとカルトの餌食になってしまいます。だから宗教を学び、選んで、持つことは人生にとって有意義なことなのです。
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