創価ダメだしブログ

創価・顕正、その他異流義破折と日蓮大聖人の仏法を正しく伝えるブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

池田創価信仰の変遷(読者リクエスト)

通りすがりの者さんより、池田大作創価学会が正宗から破門された後の教義の変遷を時系列で書いて欲しいというリクエストを頂きましたので、破門され異流義に堕ちたその後の池田創価の謗法の経緯を書いてみます。まずは池田指導の破門後の流れは、■平成3年・(12月)戸田城聖二代会長は「御本尊の無い牢獄で偉大な境涯を開いた」と、本尊がなくても成仏できると暗に指導する。この頃からすでに「南無妙法蓮華経宇宙法則論」をいうようになる。■平成4年・(1月)「外なる本尊は自身の中の本尊を顕すためのもの」と指導し凡夫即本尊論を言い出す。(9月)大聖人は人間・凡夫そのものと指導し大聖人を本仏から凡夫へと降すような指導をする。■平成5年・(5月)御本尊(曼荼羅)自体は物体なので不滅ではないと指導。■平成6年(5月)凡夫が本仏という凡夫本仏論を言い出す。(6月)「日蓮大聖人直結」を言い出す。その後も池田の指導は、大聖人仏法・大石寺信仰の根本である唯授一人血脈相承を否定し、戒壇大御本尊不要論と取れる発言をし、法本尊に偏った本尊義を強調する一方で、御本仏大聖人を恣意的に凡夫に貶める指導方向に進んでいく。そんな池田指導に呼応し創価学会としては■平成5年9月にニセ本尊の作成と販売を開始。■平成14年3月28日に正式に『創価学会会則』を改変する。主な改変点は、従来の「日蓮正宗総本山大石寺に安置せられている弘安二年十月十二日の本門戒壇の大御本尊を根本とする」から「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受し」とし、「弘安二年十月十二日の本門戒壇の大御本尊」の文言を削除し、戒壇大御本尊と自余の御本尊を同列にする。また、この改変で「三代会長」を永遠の指導者に制定するが、この時点で存命中だったのは池田だけで事実上池田を永遠の指導者と制定したことになる。■平成16年9月に、勤行様式をそれまでの五座三座から、「方便品・自我偈」一座のみのインチキ勤行様式に改変する。■平成26年11月に現在の会則に改変するが、その内容は「弘安2年の御本尊(※本門戒壇の大御本尊)は受持の対象にはいたしません」と完全に戒壇大御本尊を棄てた。(これが私が創価を見限った理由)また、創価学会が本尊を認定するといういい、本尊の認定権という傲慢な規則を追加した。■平成27年11月、会則改変の1年後にまたも「勤行要典」を改変。諸天供養のと日目上人への御報恩を御祈念文を削除しておきながら、創価三代会長には報恩感謝する祈念文(観念文)を追加する。■令和5年11月、『創価学会教学要綱』を発刊する。この書籍に書かれている内容が現在の創価学会の公式の教義だが、その主な内容は「大御本尊に特別な意義はない」、「大聖人は釈尊の使いであり、釈尊よりも勝れる根本の仏(久遠元初の御本仏)ではない」、「現代の僧宝は創価学会である」という3点が柱となっている。これらは明かに大聖人仏法の三宝の否定であり破壊である。また創価は独自教学のつもりだが、創価オリジナルは「僧宝は創価学会である」だけで、あとは、身延教義を模倣いているだけで、創価学会として何の独自性もない。以上、ざっと池田創価信仰の変遷を書いてみたけど、分かることは種々の変遷を経て現在の教義にたどり着いたのは必然だったのです。現在の創価教義を「池田先生の指導と違う」と批判する反執行部の創価学会員もいるけど、池田の破門後の指導を詳しく検証すれば、池田が本尊不要・大聖人凡夫・自身が本仏(本尊)・題目至上主義などの指導をしてきたのは事実で、その延長線上に、現在の人法分離・大聖人非本仏論・創価学会僧宝論の創価教学が成立していることは一目瞭然で、原田創価が池田思想から大きく逸脱しているわけではありません。いずれにせよ、教義とは突き詰めれば本尊義ですから、教義に迷えば本尊に迷う。本尊に迷えば生死に迷う。生死に迷えば不成仏です。

創価学会の退会方法(静かに創価を去るために) - 創価ダメだしブログ

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