この時期になると創価学会は大東亜戦争にかこつけて、日蓮正宗に対し「戦時中に謗法を犯した」といわれもない誹謗をしてくるが、そのなかのひとつに日恭上人の御遷化に対する誹謗がある。1945年(昭和20年)6月17日に、日恭上人が大坊等の火災によって火中で御遷化されたことを、「日恭上人は戦時下、軍部の圧力に屈し神札受諾書院への神札奉安という大謗法を犯し、その罰で、大奥での焼死という非業の死を遂げた。」と言って誹謗中傷するのだ。大方、正宗誹謗の怪文書「地涌」の受け売りだろうが、「地涌」の正宗誹謗の虚言は今となっては悉く破折され尽くされているにも関わらずいまだに戦時中の宗門に謗法があったが如く中傷し、あろうことか日恭上人の御遷化を「謗法の罰で死んだ」など嘲笑うとは、いかにも創価狂信者らしい。それを言うならば、創価学会初代会長・牧口常三郎の方こそ謗法の罰で牢獄死したのではないだろうか。戸田城聖が「堀米先生ニ。去年、堀米先生ヲ「ソシッタ」罰ヲツクヅク懺悔シテオルト話シテ下サイ。「法ノ師ヲソシリシ罪ヲ懺悔シツツ、永劫ノ過去ヲ現身ニ見ル」ト言ッテオリマスト。」(獄中書簡)と、堀米尊師(後の日淳上人)に詫びたことで分かるように、牧口・戸田は在家信者を組織し、御僧侶の指導を受けることなく身勝手な信心をするばかりか、却って御僧侶を謗り、吊るしあげるといった僧宝軽賤の大謗法を犯していたのは戸田が認めた事実だ。仏法の眼でみれば、牧口・戸田が入獄し牧口が獄死したことこそ大謗法の罰であろう。日恭上人の御遷化について池田大作は、『小説・人間革命』で、「焼けただれた管長室には、第六十二世日恭猊下が、おいたわしくも、身を火焔に自ら焼き、端座したままの姿であられたのである。しかも、正装であり、袈裟をかけた、姿である。そして、一閻浮提総与の大御本尊を、御安置した、御宝蔵の方に向かっていた。猊下はお逃げになることは、いくらでも出来たのである。その証拠に、数百人の罹災者のなかで、負傷者は一名もなかった。客殿の焼亡とともに、何故に、吾身をみずからお焼きになったのか...凡庸の推察は、差し控えなければならない」と言っている。ところが自分たちが破門されたら、手のひらを返したように日恭上人の死を冒涜する。日恭上人だけでなく御歴代上人を悉く誹謗したのが池田創価の連中である。このような変節漢に信仰者・宗教者を名乗る資格などない。そもそも戦時中の宗門に対して神札を受け取っただけで、祀ってもいないのに謗法だと決めつける創価学会の今の姿を見てみろ。男子部が地域貢献といいながら地元に祭りで神輿を担ぎ、公明党議員は選挙となれば自民党議員と供に神社で必勝祈願をし、会長の原田からしてローマ教皇に謁見し謗法同座を自慢している。戦時中の宗門のように戒壇大御本尊を護るためやむを得ず神札を受容したのは違い、自ら進んで積極的に神輿を担いで、神社に詣で、謗法と同座しているのである。挙句にはプロテスント信徒の佐藤優の言葉をありがたがっているのだからもはやギャグだ。また教義的にも戒壇大御本尊と大聖人本仏という日興門流の根本を否定しているのだから、今の創価学会及び学会員はどこを取っても謗法だらけだ。そんなお前達創価学会員が、宗門に向かって謗法だとはよく言えたものだ。他宗を謗法呼ばわりする前に、自分たちの謗法の数々の弁明をするのが先だろう。謗法厳戒よりも地域貢献が優先するという根拠を示してみろ。そういえば、靖国献灯事件の結末はどうなった?警察に被害届出してその後はなしのつぶてじゃないか。またバクれか?イカサマ教団よ。(笑)
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