かなり前の話ですが、オバマが米国の大統領になった時にオバマの『そっくりさん』として芸人のノッチが一時有名になりましたよね。世の中には自分と似ている顔の人間が3人いるとかよく言われ、それは科学的にも証明されているらしいですけど、私はまだ自分のそっくりさんに会ったことがないです。似たような話で昔からドッペルゲンガー現象もよく言われますが、ドッペルゲンガーは二重身といわれ、よく似た他人ではなく自分自身の分身です。オバマとノッチはよく似た他人の「そっくりさん」ですからドッペルゲンガーとは違います。「そっくりさん」と「分身」の違いは、「そっくりさん」は外見だけですがドッペルゲンガーの分身は本物と全てが同じだという点ですね。

さて、創価学会の本尊は大石寺の戒壇大御本尊を大石寺の法主上人である日寛上人が書写した本尊をコピーした「そっくりさん本尊」です。つまり外見はそっくりだけど実際は戒壇大御本尊や日寛上人の御本尊の分身散体ではありません。日寛上人書写の本尊をコピーしたものであっても、それは単なる「そっくりさん本尊」であり「偽物さん」です。ドッペルゲンガーではないですが、分身とは外見(相貌)だけ同じという事ではなく、その内面も本体と同じ存在のことです。内面とは内証=心法のことです。その心法を形木の本尊に移す(写す)方法が開眼なのです。その開眼は法主上人以外に出来ないのは、法主上人だけが日蓮大聖人の内証(心法)を相承しているからに他なりません。開眼不要を主張する創価学会員の誤謬は、彼等は「南無妙法蓮華経」という文字自体が御本仏の心法だと思っているところです。「南無妙法蓮華経」という文字は目に見えます。目に見える文字は心法ではなく、あくまでも色法です。「南無妙法蓮華経の文字」が即大聖人(戒壇大御本尊)の心法ならば、誰でも「南無妙法蓮華経」と書けば、何でも大聖人の分身散体の本尊にすることが出来てしまいます。そうならば、「南無妙法蓮華経」と書ける人は全員御本仏です。創価学会員は自分が仏であるといいますが、自分が仏ならば既に悟っているのですから仏道修行は不要です。譲って自分は仏だけど敢えて菩薩道を行じている言うのであれば自己の功徳を願い祈るのはおかしな話です。自分の幸福を祈願し、功徳を欲しがる菩薩など聞いたこともありません。また「南無法蓮華経」は宇宙の法則を図顕化したもだとしても、それには法力は備わっているかもしれませんが仏力は備わっていません。宇宙法則自体が仏力だと言えば、それは大日如来や毘盧遮那仏の迹仏の世界です。つまりどう転んでも未開眼の創価本尊は、大聖人の心法不備の「そっくりさん本尊」であって、大聖人の分身散体ではないのです。イチローはメジャーの投手の球を打てますがニッチローは打てないのと同じように、そっくりさん創価本尊は功徳を出す力はないのです。つまり創価本尊は【No,YouCan't】(なにも願いは叶わない)なのです。一日も早く創価から正宗に移籍して、「そっくりさん本尊」を「本物の本尊」に、【change(チェンジ)】した方がいいですよ。
創価学会の退会方法(静かに創価を去るために) - 創価ダメだしブログ
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