いかに我が身は正直にして世間・出世の賢人の名をとらんと存ずれども、悪人に親近すれば、自然に十度に二度三度、その教えに随いもて行くほどに、終に悪人になるなり。釈に云わく「もし人、本悪無きも、悪人に親近せば、後必ず悪人と成り、悪名天下に遍からん」云々。
今月の座談御書は『辧殿尼御前御書』ですが、この御文は6年前の7月の今年と同じ参議院選挙の時に取り上げています。都議選の公明惨敗を受けて「日蓮、一度もしりぞく心なし。」の御文を引用して、「お前らもっと真剣に選挙活動しろ!運動量が足りないんじゃい!」との創価本部から創価員に対する心温まるメッセージが込められているのでしょう。詳しくは過去記事をリンクしたのでそちらを読んでください。そんな訳で今月も創価学会員の為の御書要文講義をします。今回は、『最蓮房御返事』からの御文です。リアルの創価員はネット上のキ〇ガイ創価とは違い普通の人です。胸の内では法華講になった私を見て「この裏切り者のクソ日顕宗が!」と思っているのかも知れないけど、面と向かってそんな事は言わない(言えない?)し、昔馴染みの創価員は、正宗批判はもとより公明党への選挙依頼もしてこない(してこれない?)ので、普通の付き合いをしています。中には私と会うたびに創価批判を聞かされるのに一緒に遊ぶ現役学会員の友人・後輩もいます。彼等はいずれ法華講員になると踏んでます(笑)。このようにリアルの学会員は、特別いい人ではないけど善良な市民が多いです。ところが選挙や新聞啓蒙といった創価学会活動を始めると、一転して非常識で迷惑で気持ち悪い、ネット界隈に出没しているような無知性で品性下劣な人間になってしまいます。元々は善良な市民だった創価員が何でそんな風になってしまうのか?その答えが今回の御文です。読めば分かると思いますが要約すると、「どんな正直でいい人間でも、悪人に近づくと必ず悪人のいう事に従うようになって最後は自分も悪人になってしまう」ということです。つまり最初は普通の人でも、創価幹部・活動家と会っているうちに同じようになってしまう。換言すれば創価組織にいるとMC(マインドコントロール)されてしまうってことです。正直でいい人ほどMCにされやすいのです。『摩訶止観弘決』に「もし人、本悪無きも、悪人に親近せば、後必ず悪人と成り、悪名天下に遍からん」と書かれていて、元々は普通の人間だったのに創価に近づいて感化されおかしくなり、最後は友人・知人達に「あいつヤバいから付き合わない方がいい」と知れ渡るということです。老若男女問わず創価学会員は外部の友人・知人が極端に少ないのは創価活動が原因でそれまでの付き合いが無くなり友人が減ったからで、多くの創価活動家はそれを自覚しています。しかし彼等は創価学会に理解を示さない友人・知人は離れて行っても構わないと思っています。むしろ離れた相手の方が悪いとすら思っているのです。これが悪人を師匠をしてしまった人の末路です。仏法で悪師とは、当御文の次下で、「詮ずるところ、その邪悪の師とは、今の世の法華誹謗の法師なり」と言われているように法華誹謗の人のことです。具体的には、「戒壇大御本尊」と「御本仏・日蓮大聖人」を棄てた池田創価です。創価員は抗弁するでしょうが、「謗と云ふは但口を以て誹り、心を以て謗るのみ謗には非ず。法華経流布の国に生まれて、信ぜず行ぜざるも即ち謗なり」(戒体即身成仏義)との御聖訓に明らかに様に、口や心で誹謗しなくても「信受」しないこと自体が謗法です。つまり創価学会という組織そのものが悪師なのです。だから、創価学会活動をすると必ず悪人になります。また現在の創価本尊も悪師に当たりますので、それに向かって唱題を上げるのも悪人に近づくことになります。ですから創価学会には近寄らない方がいいし、創価本尊を拝まない方がいいです。可能なら世間からスポイルされる前に一刻も早く退会した方が来世も含めた将来のためです。
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