身延日蓮宗には「荒行」という修行があるが、天台宗にも日蓮宗の「荒行」に似たような『千日回峰行』という修行がある。詳しくは知らないが、かなり厳しい修行ようだ。
■千日回峰行▶千日回峰行 (比叡山) - Wikipedia
その厳しい千日回峰行を満行した「北嶺大行満大阿闍梨」は現在では6名しかいないそうだが、そのうちの一人の大僧正が昨年「性暴力」の加害者の一人として被害者の僧尼から告発されたが、先日天台宗の審理局が直接的に暴力を犯した住職に対して「罷免」の審理結果を出した一方で、加害の手助けをした大僧正には「懲戒規定に抵触しない」つまり「無罪」という判断を下した。
「天台宗の寺で性暴力被害」 尼僧が僧侶と大阿闍梨の懲戒申し立て:朝日新聞
天台宗の性暴力問題、住職に「罷免」 大僧正は懲戒規定に該当せず:朝日新聞
天台宗の尼僧「処分が軽すぎる」~性暴力の訴えを阻む「同質性」の壁 ・フジテレビ第三者委報告書も指摘(江川紹子) - エキスパート - Yahoo!ニュース
被害者側すると、天台宗・審理局のこの裁定は「最低」なものだ。実行犯の住職は、所属寺院の住職を罷免されただけで別の寺院の住職に復職可能だし、北嶺大行満大阿闍梨の大僧正にはお咎めなしで、事実上の「ゼロ回答」だ。まるで自民党の裏金議員に対する処分のようである。それにしてもハッキリしたのは天台宗の千日回峰行は効果がなく無意味だということだ。公式サイトによると千日回峰行とは「法華経中の常不軽菩薩の精神を具現化したものともいわれます。常不軽菩薩は、出会う人々すべての仏性を礼拝されました。回峰行はこの精神を受け継ぎ、山川草木ことごとくに仏性を見いだし、礼拝する」ものらしいが、被害者僧尼に対して常不軽菩薩の精神の欠片もない。当然、修行しかも荒行であるなら何某かの悟りを求め行うのだろうが、満行した北嶺大行満大阿闍梨ですらこの為体でなのだから何をかいわんやである。そもそもが千日回峰行は相応和尚が始めたことで、天台も伝教もしていないし天台宗の元からの修行でもない。その辺は日蓮宗の「大荒行」と同じで修業に関する教義的な根拠は全くない。その上、北嶺大行満大阿闍梨が性暴力の片棒を担ぎ、しかも北嶺大行満大阿闍梨に対して宗門も処分できないのでは、千日回峰行は天台僧として特権を得るための修行でしかないと感じる。また天台宗は、2015年にも善光寺の貫主で、「生き仏」といわれていた小松玄澄が、寺の従業員に対してセクハラ・パワハラを行ったと訴えられている。天台宗僧侶はほとんどが真面目に僧侶としての務めを果たしていると思うが、こうも高僧によるセクハラ・パワハラが多発しているとなると世間的には天台宗は「そういう」宗派、天台宗の僧侶は「ヤバい」という評価になるのは避けられないし、日蓮大聖人を始め、法然、親鸞、一遍、道元など伝統宗派の祖師を輩出した比叡山の評価も下がってしまう。法門法義で批判されるならともかくセクハラ・パワハラで世間から非難されるとは、天台大師も伝教大師もさぞ嘆いていることだろう。それにしても、『千日回峰行』や日蓮宗の『大荒行』などは苦行は釈尊が禁止した修行法なのに、それを特別な修行として位置付けているのは非仏教的だろう。そのような修行はもうやめたらいいのではないだろうか。身心を鍛えるならスポーツか武道をすれば十分間に合うだろう。
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