東京地裁で旧統一教会に対する解散命令の判決が出ました。宗教法人が民法上の不法行為を理由として裁判所に解散を命じられたのは初めてのことで予想通りとはいえ画期的な判決です。教団側は抗告するでしょうがこのまま一審判決が支持されれば旧統一教会は宗教法人格が失われ解散することになります。約60年に亘って高額献金や霊感商法で多くの被害者を出し続けてきた韓国発のカルト教団に遂に鉄槌がくだされその終焉が目前となりました。結果的には山上徹也容疑者が社会を動かしたことになりましたが、この判決は日本社会全体が勝ち取った結果です。このカルト教団に苦しめられた多くの人々も、その苦しみは決して「なかったこと」にはできないかもしれませんが少しは救われたのではないかと思います。一方で教団や現役信者、一部の人々は「宗教弾圧」として反発することでしょう。今回の旧統一教会を巡る一連の流れを見ながら感じたのは宗教法人法の改正が必要だということです。社会問題を起こした教団に対してはもっと迅速に宗教法人格を剥奪できるようにべきです。その為には「解散命令」という司法手続きと宗教法人格の停止・取り消しといった行政処分を分離させることです。行政処分を先行させたうえで、教団の問題点が改善されれば再度宗教法人格を与え、改善されなければそこで初めて解散命令請求をするという司法手続きに移行するというカタチが望ましいと思います。国家が信教の自由に干渉し宗教弾圧することは絶対にあってならないですが、宗教法人の認可・取り消しは信教の自由とは別物です。法人格の有無は信教の自由と関係ありません。現にオウム真理教解散後も元信者達は任意団体として信仰を続けておりそれを国は禁止していません。社会的に不適切な行動を起こした宗教団体に法人格を与えるのは、暴力団に法人格を与えるようなものです。そもそも宗教法人法は他の法人制度に比べると「緩い」のは周知の事実です。この「緩い宗教法人法」を改正して厳格化すべきです。国が宗教法人の与奪を規制するのは、宗教団体・信仰者を統制することには当たらず政教分離の憲法に抵触しないと考えます。信教の自由とは個人の思想・宗教の自由であって、宗教法人の自由ではありません。現在の国会が宗教法人法の抜本的な改正が出来ないのは政治と宗教団体の歪な関係が影響していると思われます。逆に宗教政党である公明党が先頭に立って宗教法人法改正に取り組んで欲しいものです。支持団体の創価学会が「まとも」であれば宗教法人法を改正しても問題はないはずでしょうから。
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