創価ダメだしブログ

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気楽に語ろう創価学会非活ブログ記事への質問の回答(血脈断絶について)

私のSNSのフォロアーさんから『気楽に語ろう創価学会非活ブログ』に書かれている記事に対する質問が寄せられたので回答したいと思う。質問は【日影と柚野浄蓮と日有】という記事で日影上人から日有上人への血脈相承に対する疑義を述べている件。以前も書いたけど、この気楽非活ブログ管理人氏の論説は殆どがどこかの誰かの論説で目新しはなく「いまさら」感ばかりのネタばかりで創価怪文書創価新報と何も変わり映えがしない。有師への相承の疑義もそれ以外に氏が書いている血脈断絶の記事も、正宗脱落僧達が書いた『法主詐称』という書籍の焼き回しの出涸らしに過ぎない。気楽氏は自分を創価からの覚醒者と自負しているようだが、創価と同じ論説で正宗を批判しているのだから覚醒者とは名ばかりで、実質は単なる創価退会者で創価活動家と何も変わらない。当該記事では冒頭で「7世日阿と8世日影との間で一時血脈は途絶えており在家を介入して相承している」などと言っているが、『富士年表』に●1404(応永11)5・1、日時、日影に法を内付し本尊を授与。と宮城上行寺の本尊脇書に書かれている事と日精上人の◆釈の日影、俗姓は南条なり、日時に随順して法華を習修し又御書を聴聞す故に当家に於いて精(くわ)しきなり(家中抄下)との記述を見れば日影上人が日時上人から相承(内付)を受けたいたことは明確で、日時上人の御遷化に日影上人が不在であってもそれ以前に相承は済んでおり在家の柚野浄連へ時師から相承されたこともなければ、影師が浄蓮から相承を受けたこともないし、そうした文証もない。さて、氏が疑義を呈しているのはこの日影上人から日有上人への相承なのだが、氏は日精上人の『家中抄・日影伝』や日因上人の『有師物語聴聞抄佳跡』を提示して、

1、有師は影師から相承を受けることができず影師は在家の柚野浄蓮に再び血脈を預けて、応永26年(1419年)8月4日に御遷化した。2、有師はその翌年の応永27年(1420年)4月15日、柚野浄蓮に板本尊を授けているので、影師御遷化から板本尊授与までの間に柚野浄蓮から血脈相承を受けた可能性がある。3、影師が亡くなった1419年8月4日から、有師が柚野浄蓮に板本尊を授けた日付1420年4月15日まで血脈相承は柚野浄蓮のところに預けらたのだから少なくともその間は大石寺の血脈は断絶していた可能性がある。と主張する。まんま『法主詐称』の論説だがよく読むと全て推論でしかない。大前提の影師から浄蓮に血脈相承したという文証が、日精上人『家中抄』の

◆影公大衆に語って云く血脈を伝ふべき機なき是我が悲嘆なり、終に応永二十六年己亥病気の時油(柚)野浄蓮に血脈を授けて云く、下山三位阿闍梨日順は血脈を大妙に伝ふ其の例なきに非ず、公白衣たりと雖も信心甚だ深き故に之を授く伝燈を絶えざらしめよと教示して、八月四日没したまふ。

の文だが、精師のこの文は浄蓮への相承が金口相承であったと断言することは出来ない。精師は血脈という言葉を広い意味で使っていて相伝書などの文書も血脈と表現されている。また精師の著書には俗説をそのまま書き残したもの多数あり直ちに当該御文が浄蓮へ唯受一人・金口相承とはならない。故に、日因上人は『有師物語聴聞抄佳跡』で、

◆今私に之を案するに初説を実義となすべきか精師の記恐くは時人の口伝を記するものか

と当該記述は俗説を記載したのではないかと疑問視し、日亨上人は、

◆柚野浄連の事本師何に拠りて此惑説を為すか(家中抄・頭注)

◆油野浄蓮という人は日有上人に関係の深い人であった。ですけれどもね、その年代が、日有上人の晩年に、油野浄蓮がいたんですからね。ですから、その浄蓮に影師が血脈を伝えるとなると年代があわない。

と影師から柚野浄連への相承を惑説として否定している。また精師自身も『家中抄』の中で、

◆唯見聞の及ぶ所、纔(わずか)に之を記録して未だ精密ならざるなり(中略)其の欠を補い給わば是れ吾がねがう所なり

と『家中抄』の記述は正確ではないので後世の改定・修正を願っている。よって氏が大前提とした『家中抄』の文証は唯受一人・金口相承では無い可能性が高いし、申し訳ないが脱落僧や創価崩れのド素人の気楽氏の見解よりも日亨上人の見解の方がはるかに信用できる。そもそも、氏に限らず血脈相承を否定するならばその前に【正しい血脈相承】を論証するのが先決だろう。【正しい血脈相承】を知らないのに、【間違った血脈相承】【血脈の断絶】をどうやって論証するのか?【正】を知っていなければ【誤】が分かる道理がない。正しい血脈相承を論証せずに血脈断絶などと主張するのは、あまりにも厚顔無恥であり読者を騙し誘導するロジックではないか。彼等のような人の大多数が、血脈相承とは【相承書】や【相承箱】、また【相承の儀式】だと思っている節がある。しかし、それらが正解であるという文証は何も提示しない。気楽氏に至っては、影師が前法主上人の時師の御遷化の時に不在だったから相承されていないなどという噴飯モノの主張をしているが血脈相承とは「今わの際」に直接伝える遺言だと思っているなら相承云々を口にするレベルにも達していない。(笑)そもそも『唯受一人』への相承なのであるから誰も血脈相承の具体的な内容などしる術もないし、血脈相承を受けた御方が誰かに教えるものでもない。そして弟子信徒やましてや当宗に無関係な人間に対して証明する必要もない。故に【唯授一人血脈】というのである。信不信は各自の勝手である。但し、正しい血脈が相承されていると信じるに足りる証拠はある。日応上人が、

◆唯授一人嫡々血脈相承にも別付総付の二箇あり、その別付とは則ち法体相承にして総付は法門相承なり、而して法体別付を受け玉たまひたる師を真の唯授一人正嫡血脈附法の大導師と云ふべし(中略)而して別付の法体とは則ち吾山に秘蔵する本門戒壇の大御本尊是なり(弁惑観心抄)

と言われているように、血脈相承の本義は別付・法体相承であり、この別付属が唯授一人の相承である。そして法体相承とは究竟・戒壇大御本尊の相承である。その戒壇大御本尊が厳然と大石寺に御安置されているのことをもって血脈不断の証拠となる。それだけでない。五老僧と日興上人の根本の違いは、大聖人を御本仏とするか否かである。日興上人以来現在に至るまで日蓮大聖人を御本仏ではないとした法主上人は皆無であり、大聖人が御本仏ではないという教義が大石寺内で言われたことも一度もない。また、これまで唯授一人血脈相承にその場で異議を唱えた者は皆無である。創価も正信会・顕正会大石寺から離れた後に唯授一人血脈相承を否定したのであって、その場は何一つ疑義を差しはさんでいないのである。これこそが血脈不断の何よりの証拠であり誰もが否定できない厳然とした事実だ。その事実を覆せる物証なりロジックは『法主詐称』の中には書いていないから気楽氏も提示できないのである。少し長くなってしまったが、もしも対論で相手が正宗の血脈相承に対して疑難を吹っかけてきたら、最初に「キミは大石寺に伝わる正しい血脈相承を具体的・客観的に示すことが出来ますか?」と質問するのが一番手っ取り早い。正しい相承を知らないなら相承が無かったなんて証明できないのですから。大変、簡単ですが血脈断絶の気楽非活氏のブログ記事への質問の回答とさせていただきます。追加の質問があればお気軽に声かけてください。

 

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