創価ダメだしブログ

創価・顕正、その他異流義破折と日蓮大聖人の仏法を正しく伝えるブログです。日蓮正宗への勧誘サイトではありません。

他門流寺院見聞記①【北山本門寺・身延日蓮宗】

先日訪ねた北山本門寺を紹介します。北山は日興上人が晩年を過ごした重須の談所として知られ重須本門寺とも呼ばれます。(重須とは当時の地名です)ですから本来であれば大石寺と一体の富士門流でなければならない場所なのですが残念な事に現在は身延日蓮宗の寺院となってしまっています。開山日興上人の身延離山~富士大石寺創建の経緯を鑑みれば単立ならまだしも身延日蓮宗に成り果てた重須を日興上人がどれほど嘆かれていることか胸が痛みます。また江戸時代における『讃岐法難』はこの北山本門寺の謀略による法難です。そんな北山本門寺は新東名経由で大石寺にいく道中に素通りしていましたが今回は立ち寄ってみました。

駐車場に車を停めてまずは案内板を拝見し境内の建物の名称などを確認しました。駐車場は大石寺を背にして仁王門の手前の大通り沿い(進行方向)にあります。無料です。

仁王門

大石寺への道中にいつも目に付く『仁王門』です。今回は塔中・参道方面は無視して『仁王門』からスタートしました。

仁王像

仁王門の両脇には仁王像があります。因みに仁王像は二体一対が基本で「阿吽」を表わしています。

二天門

『仁王門』をくぐると今度は『二天門』があります。『二天門』も左右に一対の仁王像(または多聞・時国の二天)を安置するので『二天門』というのですがちょっと像は見当たりませんでした。

本堂

『二天門』をくぐると正面に『本堂』があります。ここで案内板の画像をみながら右手方向に進んでいきます。

日尊師腰掛石

日興上人に破門された日尊師が毎年の御会式の時に本堂に入ることが許されなかったためにこの石に腰をかけてひっそりと御会式に参詣したという伝説があるそうです。

日蓮大聖人銅像

本堂と開山堂の間に『日蓮大聖人の銅像』があります。日蓮宗って大聖人の銅像を建てるのが好きですよね。

開山堂

こちらが『開山堂』。大正3年上野妙蓮寺本堂を移築したそうです。身延日蓮宗になった北山ですから『開山堂』というより、『改竄堂』ですね。(笑)ここで今度は『開山堂』の裏手へと進んでいくと突き当りに、

日興上人御正廟

『日興上人御正廟』があります。なんか想像より寂れていて寂しい印象を受けました。日興上人の正廟なのでお題目を三唱したくなりますがここには日興上人の御魂はありません。現在は謗法の場所ですから見学のみです。ここから今度は左手方向に進んでいくと、

垂迹

垂迹堂』に遭遇します。北山での正式名は「本化垂迹天照大神宮」というらしい。平たく言うと神社ですね。北山に垂迹堂がある理由については「化義抄を学ぶ」でいづれ説明します。そしてこの『垂迹堂』の南側に、

重須大神

ご丁寧にも『重須大神』という神社も配置されています。『重須大神』を背にして進んでいくと客殿の横に出てきます。

大庫裡

客殿の並びにこの『大庫裡』があります。ここで参拝者に御朱印を発行しているようです。日蓮正宗では御朱印を発行しませんが日蓮宗系寺院は御朱印を発行していますよね。もちろん御朱印などもらって(購入して)きませんでした。『大庫裡』から駐車場に戻る途中に静岡県の指定天然記念物になっている『題目杉』が3本立っています。(画像取り忘れました)日興上人が題目に因んで7本の杉を植えたとの言い伝えで明治の中頃までは7本あったらしいのですが現存しているは3本です。『題目杉』は駐車場側からも見ることができます。まぁこんな感じでだいたい30分程度で境内を1周してきました。平日だったからか境内には人がいなくて誰とも会う事もなかったです。北山に関しては他門流のどこの寺院よりも日蓮正宗に戻って欲しいと強く思います。北山の歴史についてはいずれ別記事にしたいと思いますが、御登山の帰宅時間に余裕があればぜひ一度見学して見てください。日興門流宗家の法華講員としてはちょっとイラっとします(笑)

 

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